【気づき1866】〔日本人として幸福を感じる生き方〕
2017 / 03 / 27 ( Mon )





◆思い違い、記憶違い、伝え忘れなどにより、


話しがうまくまとまらないことがあります。



私事であろうと仕事であろうと、


どこがうまくいっていないかを確認し、


そこをクリアすれば、その用件は片付くわけです。



◆しかし、


何が起こっているのか、何がうまくいかない原因なのかを確認する際に、


関与している人たちが感情を差し挟むとスムーズには行きません。



関わる人の一人ひとりが感情を交えて行動すると、


収拾がつかなくなり、まとまる物もまとまらなくなります。



必要なのは、己を持すことです。



それができたら、


不用意な言動を避けることができ、


物事の整理がつきやすくなります。



そうなるように、日々努力をしていかなければならないと感じます。



◆明治の話しですが、


伝統的な道徳観を天皇の言葉としてまとめたという教育勅語が発布されました。



教育勅語=軍国主義という捉え方をする立場もあるようですが、


勅語という言葉の意味にとらわれないで読んでみると、


なかなかすてきな考えが表明されていると思います。



◆その中に「恭儉己レヲ持シ」という言葉があります。



恭儉(きょうけん)」は、


「人に対してはうやうやしく、自分自身は慎み深く振る舞うこと」だそうです。



自分を抑制して他人には礼を尽くすという意味ですが、


これを基本姿勢として身につけることが出来たら人としてすばらしいのではないでしょうか。



◆学問をし、仕事に集中し、


しかも己を空しくして身を捧げるという気持ちが幸福を招くという思想が


この国にはあります。



日本人の根源ともいえるこの考え方を大切にしていきたいと思います。



        横田 南嶺 著 

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【気づき1865】〔楽しくなるには、努力は必要〕
2017 / 03 / 26 ( Sun )





◆特別な努力をしないでも、


自然に毎日が充実していて楽しいと思える人はいるようです。



そういう人は本当に幸せ者だと思います。



だから、そうできないならば、羨むだけでなく、


それを目指してみなければなりません。



◆では、どういうことを積み重ねたら楽しくなれるのか?



乱暴な言い方ですが、


苦労もしないで望むものが向こうからやってくるとはとうてい思えないので、


とにかく、「やってみるしかない」と思うことが第一歩です。



◆学ぶという言葉は、「まねぶ」という語が語源です。



つまり、学ぶということはまずは真似をしてみるところから始まるのです。



人が何をやっているかを見て、まねをすることが基本です。



◆心理用語で、カラーバス効果というものがあります。



普段の生活において特定のものに意識をしていると、


意識したものに関連した情報が目に入ってくるという効果のことです。



いまや情報は、本、ネット、テレビ、新聞、雑誌など豊富にあります。



そこで目にする多量の情報を自分の意識する目で見ていると、


いろんな情報をキャッチできます。



◆「こんなことがある」「こんな物がある」「こんな考え方がある」「こんな人がいる」



そういうことに思いを致しながら情報に触れ、


そのなかで興味のあることを実際に試したり、


見に行ったりするという行動につなげると、


それまでとは違う世界が見えてきます。



◆そこに、人とのつながりが加わると、


まさしく自分にとって新しい世界が広がることになるのです。



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【気づき1864】〔つらい目に合わない生き方〕
2017 / 03 / 25 ( Sat )





◆生きているうちには、


全てがめんどうになり、


どうなってもいいと思うようなことがすべての人に起こり得ます。



耐えきれないほどつらいことにあったり、


逆に恵まれすぎて怠惰になったり、


精神的な疾患が原因のこともあるでしょう。



◆きっかけはどういうものであれ、


境遇が地に落ちてしまったら、


上昇するためには非常に大きなエネルギーが必要になることはまちがいありません。



もし、以前の状態に戻りたいと考えるのならば、


かなりの覚悟をもち、継続的に努力をし続けなければなりません。



そういうスタンスを力まずに習慣として定着させることが求められます。



◆南太平洋に島全体がリン鉱石でできている、ナウル共和国という国があります。



肥料として貴重なリンを保有していたため、


19世紀後半以降繁栄し、1980年代には当時の日本の約2倍のGNPを誇っていました。



医療費,学費,水道・光熱費は無料で、新婚には一軒家まで進呈していました。



しかも、人口の10%が公務員であり、90%は無職という金満国家であったのです。



◆そのため、国民は働かずに食べては寝る生活で生きていくことができ、


食事は100%外食であったようです。



その生活を30年継続した結果、


全国民の90%が肥満、30%が糖尿病という結果になりました。



また、リンが枯渇するといわれていても変われないまま、


実際にリン鉱石が枯渇する事態を迎えてしまいました。



◆その時に国民の大半が思ったのは、


「夢は終わった。また額に汗して働こう」ではなく、


「どうやったらこれからも働かずに食っていけるか」ということでした。



これはもう滅亡へ向かって突き進むしかないという末期的な状況を迎えてしまったのです。



◆この実例からわかるように、


人間というものは、落ちる前に踏みとどまらないともう元には戻れないのです。



辛い状況を迎えたくないのであれば、


自分が維持したい水準を定め、


そこから大きく下回らないように維持する緊張感を持ち続けることが必須であることは


間違いないことだと思います。



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【気づき1863】〔仕事が実らないあり方〕
2017 / 03 / 24 ( Fri )





◆仕事で初めて会った人の名前はすぐには覚えられません。



そこで、仕事でもらった名刺をホルダーに整理する際には、


初めて会った方の名刺は会社名で分類します。



やりとりを重ねるうちに名前を覚え、


会社の名前よりも名前の方が先に頭に浮かぶようになってくる人もいます。



◆そうなると、名刺ホルダーの中で収納位置が変化することになります。



つまり、会社名ではなく、名前の頭文字で分類するようになるのです。



◆このようなプロセスを経るためには、


その人の名前が頭に定着するまで連絡を取り合うことが第一条件です。



その方の人柄が素敵でも、


会社としてのオーダーがないとそういう間柄にはなれないのです。



たいへん残念なことです。



◆午後12時から13時のいわゆるお昼時に、


会社の営業に来る人が結構いるものです。



伝えたいことを相手に聞いてもらうために来ているのに、


相手が食事をするという時間を邪魔しています。



それが自分にとって不利になることに気づかないのでしょうか。



そのような訪問をしたら通常は嫌われます。



「そんな感性の人とは付き合いたくない」と、


はっきり確認させてしまう致命的な行為です。



◆やり取りの回数を重ねてもらうためにエネルギーを使っているのに、


なぜ最初から大きなマイナスを背負うようなことをするのでしょうか。



◆「相手の気持ちを考える」


「相手の時間を不必要に取らないように注意する」


ということは、


人づきあいをしていただくというスタンスがあれば思い至るレベルのことです。



自分の思い、自分の都合だけで行動するのだとしたら、


しばらくは実らない努力を続けるしかありません。



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【気づき1862】〔ITを人間がようやく使いこなせる時代が来たか〕
2017 / 03 / 23 ( Thu )





◆時代の変化を、変化している最中に感じ取ることは非常にむずかしいとは思います。



IT機器の発展と普及によって情報の伝達速度が爆発的に上がったことにより、


変化の速度も速く、それを察知することは殊更にむずかしくなったといえます。



◆しかし、そうはいっても、変化についていくこと、更には先を読むことをしないと、


個人としても組織としてもその存続に関わることなのでうかうかしていられないのです。



アンテナを立てることはもちろんのことですが、


どういう方向でどのような情報をキャッチするかが大きな決め手になります。



◆新聞やネットで伝えられる情報のなかにもそのヒントはあるでしょう。



そのなかのどの情報を取り上げるか、


また組み合わせるかがポイントとなるのでしょう。



◆例えば、このグローバル化も進んだ凄まじい変化のなかで、


労働時間短縮についての報道をよく耳にするようになりました。



サービス残業の酷さ、海外との労働時間の較差が報じられるとともに、


労働力不足を補うために効率を上げるという視点で


AIなどの活用などが報じられているようにも感じます。



◆「AIに任せるところは任せる」



ここで必要なのは、考え方の切り換え、省くところは省く、という変革の意識です。



しかも、これまで二の次にしていた、


人と人のつながりや自分の思いを大事にすることも


クローズアップされてきているようにも感じます。



◆これまで、効率を上げるために人間が作った技術に人間が振り回されてきました。



今後は、人間が精神的に成長をしながら、


技術を人間のために駆使できる時代に突入しているという視点で


この世を見るのも面白いと思います。



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【気づき1861】〔『これは無理でしょう』と思う時、それは飛躍できるチャンス〕
2017 / 03 / 22 ( Wed )





◆弱点を克服することは、たとえばアスリートの場合、


競技者がその競技で生き残れるかどうかを左右する、


いわば運命の分かれ目ともいうべき大きな課題です。



それだけに、真剣に考え、訓練もすることになります。



その結果、弱点が逆に強みになり、


競技の記録を出すに至ることが運動競技のなかではけっこうあるようです。



◆生活をしていくという意味ではアスリートほど深刻ではありませんが、


サラリーマンも同じように克服すべき課題が具体化することがあります。



しかし、サラリーマンは個人ではなく組織として対応する立場ではあるので、


真剣にならないですんでしまうような甘い考えでやり過ごせてしまうところもあります。



◆背水の陣という言葉ありますが、


人は追い込まれたら実力以上の力を発揮することができるものです。



そうでないと生き残れないという切迫感が人をそうさせるのかもしれません。



◆「課題を克服できなかったら、明日からの生活はどうなるかわからない」



たとえ組織に所属していようとも、


個人として受け止める覚悟がこれからの時代には必要です。



「そんなことまでしなくても生きていける」


と高を括っていると辛い目に合うということを肝に銘じなければなりません。



◆いくら今がうまくいっていても、短期間で情勢が大きく変わる時代です。



うかうかしていると組織にとって役に立たない人間は速やかに排除される、


シビアな時代を迎えています。



適度の緊張感を維持し、


コンスタントに努力をし続けられる人が生き残る時代が来たように感じられます。



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【気づき1860】〔じっくり考える、とことん考える〕
2017 / 03 / 21 ( Tue )





◆情報を集めようとしたら、


その信頼性は別にしても今はインターネットでひととおりの知識を得ることができます。



しかし、その知識を自分の必要とする場で有効に利用するためには、


どうしてもカスタマイズが必要になってきます。



◆つまり、インターネットで基本的な考え方の枠組みを得ることができても、


じっくり考えて、自分の必要なシチュエーションにあてはめるプロセスが必要になってきます。



◆しかも、自分の考えようとする課題には、


特殊な事情や組織構成員の能力などが影響してきます。



そのため、


カスタマイズしようとする際の相談相手はごく限られた人にとどまるのが現状なので、


まずはなんとかして自分が大筋を作り上げるしかないのです。



◆その実現のためには、腰を据えて望むしかありません。



当然ながら、腰をすえるということは、浮ついていたらできません。



面白おかしく緊張感なく過ごしているのは論外ですが、


常に過度の緊張感のなかにあり余裕のない状態であるとしても、


そこから抜け出すためにはあるタイミングできっかけをつかまねばなりません。



◆状況を一変させるには、


気持ちが安定していないとしても、


まずは課題に真正面から向き合う覚悟を決めるしかありません。



覚悟が決まったら、向き合う時間を確実に設定し、


最初は数分でもいいので立ち向かいます。



それを繰り返し、あきらめないで積み重ねます。



◆結局、自分の役に立つ方策はオリジナルなものです。



そんなにたやすく手に入るわけではないので、


時間を取り、とことん考え抜かないと叶いません。



◆考えようですが、必死に向き合う課題があり、


それをとことん考えるきっかけと考える題材があることは、


年を重ねてから思うことかもしれませんが、


生きていくうえで幸運なのかもしれません。



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【気づき1859】〔立ち止まること、自分を振り返ることの大切さ〕
2017 / 03 / 20 ( Mon )





◆人によるかもしれませんが、


いったんやるべきことをやり始めるとある程度の時間あるいは期間、


速度を緩めずにやり続けることが多いのではないかと思います。



一日という区切りの中でも同じような傾向があり、


状況によれば何年にもわたって、


そのままのあり様で突き進むこともあるかもしれません。



◆必死であるからこそ、前を向き、勢いに乗り、しかもそれを長い時間継続できます。



しかし、そうときであるからこそ少しのずれがあってもそのまま継続してしまい、


思うこととはかけ離れた結果をまねくこともあるのです。



◆たとえ低い山であろうと、


いったん道を間違うと歩く距離がかなり長くなることがあります。



「道に迷ったかな」と思ったらやみくもに進まずに、


その場所で休憩を取り、落ち着いて行程の見直しをすることが鉄則です。



それが命を守るかどうかの分かれ目であることもあるのです。



◆積極的に攻めている姿勢のときに、


「立ち止まる」「振り返る」という言葉は後ろ向きな言葉として受け取られるかもしれません。



しかし、前に行かないと行けないときだからこそ、


意図的に立ち止まり、自分の状況や周りを冷静に見ることが求められます。



そして、修正が必要である場合には即断することが、


結果的に早く目標に近づけることになります。



◆日記、坐禅も良し。



深呼吸して自分のそのときの様子を思う浮かべる癖をつけるも良し。



このような習慣は、自分を助ける一助になると思います。



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【気づき1858】〔やってみないとわからないこと〕
2017 / 03 / 19 ( Sun )





◆東京の中央区有明にある日本最大のコンベンションセンターであるビックサイトに


ここ7、8年、年に3回ずつ通っています。



仕事と趣味について、


自分の視点を変えたり広げたりするために非常に有意義な時間を過ごしています。



◆場所が築地と近いため、


毎回5キロほど歩いて築地場外市場に出向き、


食事や買い物を楽しむことを常としています。



そこで気づくのですが、毎年外国人の数が増えています。



中国、韓国、台湾などアジア圏だけでなく、


ヨーロッパンの人たちもたくさん見かけます。



寿司や卵焼きをおいしそうに食べている姿をあちらこちらで目にします。



◆時間が許す場合には、


築地で食事をした後に新宿や渋谷まで歩いて街並みの変化を楽しんでみます。



地域により明らかに様子が変わります。



街並み、人の人数、それに伴い客相手の店舗の数や種類の違いが明らかに違います。



◆こういう楽しみ方をしていると明らかなのですが、


築地だけでなくどの街においても外国人観光客を多く見かけるようになりました。



しかも、鉄道の駅などから離れたところでも、


けっこうな年齢の方も含めて歩いて楽しんでいる姿を見るのです。



◆わたしたち日本人はどうでしょうか。



ふだん歩くということを敬遠し、


健康維持や身近な場所での思いがけない発見を得る機会を


失ってしまっているのではないでしょうか。



10キロ、20キロと歩くことは好きでないとやらないことでしょうが、


少なくとも「歩くことは大変なこと」という


抵抗感をなくす努力をしたほうがいいと感じるのです。



◆「成人病は文化病」「運動不足は病気のもと」「体を動かして心も健康に」などと言います。



歩くということを見直すことで健康や新しい視点をもらえることに気づき、


それを実践していくことが身のためであることを再認識すべきではないでしょうか。



歩くことは安上がりで、どこでもできて、人との出会いも得られる、


すばらしい時間の過ごし方であると思うのです。



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【気づき1857】〔嫌がらせに負けない方法〕
2017 / 03 / 18 ( Sat )





◆大人になっても、人のことをいじめることが好きな人がいます。



不必要な圧力をかけ、相手に不快な思いをさせるのです。



していることが幼稚なので、


常識的な判断ができる人からの評価は下がるあり方をしています。



◆当人には何らかの特別な意図があるのでしょうが、


巻き込まれる側にとっては迷惑極まりないことです。



たまたまそういう人が近くにいるだけで、


途轍もない量のエネルギーを吸い取られます。



◆この形勢を変えていくためには対策が必要です。



気持ちが萎えているだけではますます相手のペースに引き込まれるので、


具体策を上げて、状況に沿ってそれを実行するしかありません。



◆一番してはいけないのは、相手のことを心の中で罵倒し続けることです。



そうなると心は常に乱れた状態となり、本来やるべきことに集中できなくなります。



ここで必要なのは、


心を無にして目の前のことに集中できるようにすることです。



◆可能であるならば、気持ちを切り替えるために物理的に距離を置くこと、


つまり自分が移動して居場所をかえることも必要です。



それが選択できない多くの時間は、無になるしかありません。



少し深く呼吸をすることによって、


頭の中が無になる状況を意図的に増やし、


そのタイミングで目の前のことに意識を向けることを繰り返すことが大切です。



◆こういうあり方を繰り返すということは、


結局雑念を取る訓練をしていることになります。



このスタンスを他の場でも実行して効率が上がることが体験できたら、


「ひとつ成長した」「今までとは違う自分になった」と捉えていいのではないでしょうか。



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【気づき1856】〔自分にとって仕事とは何か〕
2017 / 03 / 17 ( Fri )





◆スポーツの大きな目標は、競技において相手に勝つことです。



そのプロセスで、


個人として成長する、集団のなかで役割を果たすということを体験し、


学ぶことができるのでしょう。



◆会社勤めについても同じことが言えると考えます。



会社の第1の目標は、利益を上げることです。



そのプロセスで、個人としても、集団としても学ぶことが出来る場です。



しかし、会社によっては、


幹部も含め構成員自体がそのように考えていない組織もあることは事実なので


うまくいかないところです。



◆そこで生きていくために必要なのは


「なぜ、働くのか」「どのように働くのか」を考えることだと思います。



ただ生活の糧を得るためだけに働くのか、


仕事を通して自分の変化を迎えることを求めるのか。



この点を自分なりに絞り込んでいかないと、


生きている時間の多くを場合により虚しいものにしかねません。



◆組織に所属すると個人の思いがすべて満たされるわけではありません。



しかし、そのなかで自分はどう生きるか、何を吸収するかを見極めるからこそ、


自分にとっての課題が浮かび上がってきます。



そう考えるからこそ、個人として努力を積み重ねなければならないように思い、


師と仰ぐ書物や人に出会えるチャンスも出てくるのです。



◆いくつになっても、どういう立場でも、


毎日仕切りなおす気持ちで生きれば自分にとって開かれた未来になると信じます。



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【気づき1855】〔『今後の日本には道徳教育が必要』は正論ではないでしょうか〕
2017 / 03 / 16 ( Thu )





◆小学校のとき、


確か「にんげん」というタイトルの教科書であったと思いますが、


その冊子を使った道徳の授業を定期的に受けた覚えがあります。



同和問題など、かなり具体的な話をもとにいろいろなことを考えました。



◆しかし、現状では、道徳教育はあまり重要視されていないのが現実のようです。



道徳の時間なのに、席替えや運動会の予行練習などに使われることも多いようです。



戦後の文部省と日教組の関係が影響しているのか、


先生の7~8割が道徳の授業を必要とは思っていないようです。



◆今、日本はこれまでにない点で世界から注目されています。



地震災害が起こっても略奪行為があるわけではありません。



物資を購入するにも交通機関を利用するにもきちんと整列し、


困っている人が声を掛け合うことができるのです。



これは、


日本古来から続く日本人の考え方、感じ方、価値観を


大切にしてきた賜物ではないでしょうか。



◆人に礼を尽くす、親切にする、感謝をするという心の姿勢が根底にあるからこそ、


日本以外の国の人に感銘を与え、日本という国に興味を持ってもらえるのです。



この日本人の心は、ひとつの手本として世界にアピールできるものではないかと思うのです。



◆大半の国民の意識が大きく変化してしまってからではその修正はかないません。



戦後70年を経て、


学校でのいじめ、子どもの自殺、パワハラ、親の子殺し、子の親殺しなどの


異変が起こり始めている今こそ、


あらためて今の時代にマッチした道徳の教育に


取り掛かるべきタイミングではないでしょうか。



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【気づき1854】〔『ありふれた毎日』は、非常に恵まれたこと〕
2017 / 03 / 15 ( Wed )





◆「ありふれた」とは、ざらにある、珍しくない、新鮮味のないという意味です。



そこで、「ありふれた毎日」とは、


「ざらにある、新鮮味のない毎日」という意味になります。



つまり、受け取り方によっては、


「なんの変化もない、つまらない毎日」ということになります。



◆わたしたちの生活には、通常、


そんなに大きな変化が起こるわけではないので、


結局「ありふれた毎日」を送ることになります。



しかし、それが通常であるわけなので、


その毎日を「つまらない」というとらえ方をすると、


生きていること自体がつまらないという思いにつながってしまいます。



◆つまらないと思った時に人はどういうあり方をするかを考えると、


そういう時にはかなりの確率で感情が鈍くなっています。



その当然の帰結として、周りの事に興味が起こらず、


ただじっとしてしまいがちになります。



そうなると、さらに感じる機会を失い、


ただそこにとどまるしかなくなってしまいます。



◆普通に過ぎていく時間をつまらない時間としてとらえて、


心が動かなくなる状態にしているのはわたしたち自身です。



その思い方をチェンジするかしないかで、


毎日の充実度、さらには人生の充実度が変わってくることは間違いのないことです。



◆つまらないと思っているこの時間が貴重であることを感じるために、


自分が幸せなのかどうかを客観的に見つめることが必要です。



雨露をしのぐ家がある、毎日ごはんを食べられる、まわりに友人や家族がいる。



これらのことがささいなことで、ありふれたことで、つまらないことなのでしょうか。



それを感じる機会がまず必要です。



◆ありふれたと感じる今の時間を冷静に振り返ると、


実は最高のレベルで、


いろんなことに恵まれていることの連続で成り立っていることがわかります。



「事故にあいたくない」「病気になりたくない」「人と別れたくない」など、


自分で左右できない要素も含めて自分の今が成り立っています。



◆まずその事実に目を向けることが、


つまらない毎日がこの上もない毎日となるスタートではないでしょうか。



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【気づき1853】〔人のつらい気持ちを理解することはできるか〕
2017 / 03 / 14 ( Tue )





◆「人のつらい気持ちを理解することはできるか」


という問いに対しては、


いろいろな答え方があるでしょう。



しかし、「できるか」「できないか」のどちらかを選ぶとしたら、


やはり「できない」という答えになるのではないでしょうか。



◆相手の気持ちに寄り添うということはすてきなことです。



しかし、同じような体験をしたことがないと、


当人にとっての事の大きさや心の奥底への影響までは


わかりきれないのではないかと感じます。



◆3月11日。



それは東北の方に多くの別れを突然引き起こした日です。



被害に合われた方はもちろんですが、


そのとき起こったことの大切さを心に刻みつけようとしている少数の人たちにとっては、


つらく切ない日です。



◆平成29年3月11日の朝刊に、


震災で家族を失った住職の方の記事が掲載されました。



「『悲しみは時とともに薄らいでいく』と思い、

葬儀の場で遺族にそう語りかけたこともあった。」



「自らも大切な人を失い、間違いだったとの思いが身にしみた。」



◆また、


「悲しみは何年たっても突然ぶり返してくるものだと知った。」


とも言われています。



そして、震災後1年ほど後の葬儀では、


「うれしい時も悲しい時も、亡くなった人はそばにいてくれるから、

我慢しないで楽しみ、悲しめばいいと自らに言い聞かせるようになった。」


といいます。



◆「生身の体はなくても、思い出すことでよみがえる。悲しみを抱きしめていきていきましょう」



遺族の一人として整理のつかない気持ちはよくわかるから、


このように伝えるつもりであることについても語っていらっしゃいます。



◆「人のつらい気持ちを理解することはできるか」



やはり、できないのかもしれません。



しかし、そうであるからこそ、


話を聴く姿勢、相手を理解しようとする気持ちを


持ち続けないといけないとあらためて思います。



        横田 南嶺 著 

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【気づき1852】〔幸せに近づく、人づきあいの条件〕
2017 / 03 / 13 ( Mon )





◆人と人がつながるためには、


当然ながらまず知り合わなければなりません。



「知るためのきっかけ」

「知るための場」

「知り合う人がどんな状況の人かを知る手立て」

も必要かもしれません。



そしてようやく、出会った人たちとの関係性が形づくられることになります。



その関係性がより濃くなるためには、


一緒にいるという物理的な時間も必要になります。



◆お互いにどんな人間かを知り合うために、


これだけのプロセスが必要となるのですが、


そんな場はどこにあるでしょうか。



自分にとって「こんな条件がそろったところはどこか」を確認してみると、


実際そんなに多くは存在しないことに気づきます。



◆最近は、婚活という動き方が一般的になってきました。



この言葉が広まったことにより、


このような動き方がさらに取りやすくなったとも言えます。



この動き方は、結婚という共通の課題がありそこに向けての活動です。



先ほど挙げた人と人がつながる条件が集約されている、


効率的のいい目標達成の場ということができます。



◆結婚を目標としないまでも、性別や年齢に関係なく、


相手のことを知っているし自分のことも知ってもらっているという関係はなかなかつくれません。



しかし、この関係は人が立っているためには非常に大きな力になると思います。



◆事実、どんな人が長生きをするかという75年にわたる研究結果がアメリカにあるようです。



長生きするかどうかは、自分の周りに気の許せる人がどれだけいるかにかかわるということです。



長生きを目標にしていないとしても、


長生きできるような心持ちで暮らせることがやはり幸せにつながることは間違いありません。



◆心が安定するあり方ができるような人とのつながりは、


探してでもするようにした方が豊かで楽しい人生につながります。



だからこそ、この条件を満たすところはどこかを知り、


そのような場には進んで参加したほうがいいと思うのです。



        横田 南嶺 著 

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【気づき1851】〔プライドを越えて、成長するあり方〕
2017 / 03 / 12 ( Sun )





◆学生の頃に多くの人が経験することですが、


親からいろいろと注意された時の常套句はなんでしたでしょうか?



「なんだよ、うるせいな」



そう言いながらも、


言われたことについては認めざるを得ないのですが、


認めていると思われたくないばかりに、


さきほどのような言葉づかいになるしかないのでした。



◆さすがにこの反応は、社会人になっては鳴りをひそめることになります。



結果的に、


言われた事を認めるとか認めないとかは別に、


表面的には受け入れたような対応をすることが多くなるのです。



◆ここで、確認です。



言われたことを受け入れたように取り繕うだけが得策なのでしょうか。



嫌味であろうといじめであろうと、


言われたことに対して「ひょっとしたらそうかもしれない」と思って受け入れることで


自分にとってプラスになることはないでしょうか。



◆指摘されたことに対して表面的にどのように対応しようと、


心の内で最初から拒否的な姿勢であるとしたら、


相手の言っていることの真意をくむことはその時点でなくなります。



もし、嫌味な事であっても、


それが自分にあてはまるかどうかを確認しようと思う段階を経ることで、


自分にとってプラスにできるチャンスを得ていることにはならないでしょうか。



◆最初から相手の言うことを受け入れない立場か、


もし嫌がらせであるとしても相手は何を言おうとしているのか、


自分はどうしたらいいのかといったん受け入れる立場とでは、


どちらが成長できるでしょうか。



◆相手がどんなに理不尽であり、


それをこちらが聞く姿勢があるということを相手に知られたくなくても、


そこでいったん立ち止まり、考える姿勢を取ることは、


逆に肝がすわっていないとできないことです。



そういうスタンスを取ることができたら、


相手が言っていることとは違う次元で


自分が気づくべきことにぶち当たることができることがあります。



◆どうせなら、


どんなことでも自分の肥やしにしてしまうような


強さをもつほうが俄然優位に立てるのではないでしょうか



        横田 南嶺 著 

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【気づき1850】〔平穏な毎日が当たり前でないことを、もう忘れたか〕
2017 / 03 / 11 ( Sat )





◆スーパーに買い物に行くと、


当たり前のように電気が煌々と照らされ、


当然のように棚一杯にさまざまな商品が並べられています。



加工品だけでなく、野菜、魚、肉、惣菜なども豊富に並べられています。



◆そういう光景が、どこの店に行ってもこの日本では見られます。



しかし、それが実現されるためには、


非常に多くの努力が積み重ねられているのです。



◆1つの商品には、原料を生産する人,場所があり、


それを加工する人,場所があり、


そして運搬するという手間もかかります。



そういう過程が全ての商品についてあり、


その結果が店舗に集積しているのです。



◆地震発生時に被災地では、


店に商品がなくなるどころか、


店自体が消滅するところも多くありました。



それと比べると、今の生活環境は、


奇跡的な条件をクリアして成立していることになるのです。



◆6年前にあんなに大変なことを経験したのに、


被災したところから離れれば離れるほど記憶が薄れています。



平穏に暮らせることに対する感謝の気持ちを忘れています。



備蓄品の消費期限がきたときに非常食を食べることだけでは、


意識を変えることはできません。



        横田 南嶺 著 

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【気づき1849】〔『心をこめる』と思うだけでは、それは実現しない〕
2017 / 03 / 10 ( Fri )





◆自分の行動をする上での姿勢を問われ、


「精進します」「努力します」という返答をする人がいます。



真剣に考えてそう思ったとしても、具体的には何をするのか疑問です。



当人が、嘘偽りなく、覚悟を決めて、そのように決意したとしても、


時間が経てば当人さえ何をしていいのかわからなくなり戸惑うはずなのです。



◆同様に、「心を込める毎日を送る」とまじめに考える場合、


その思い自体はすてきだとしても、


実際には心を込めることができたり、そうでなかったりということが起きてしまいます。



もう一歩突っ込んだ目標設定が必要になります。



◆対人援助職の領域では、


指導的な立場である人が援助に携わる人に対して教育をする、


スーパーパイズというプロセスがあります。



ある課題に対して、「どう思い」「どう対処したか」について文字にして記録し、


その対応について指導する者とされるものが再検討するというものです。



そういうかなり厳密な振り返りがあってこそはじめて、


自分の思い方の癖や行動の特性を自ら知ることができ、


場合により修正が可能になるのです。



◆さきほどの「心をこめる」と一言で言っても、


実際には人により何をどうするのかに幅があるのが実際です。



まずはそれを具体的に自分で定め、


それが実現できているかを自分で見定めないとその実現はなかなかむずかしいものです。



◆心をこめようと思いながらも、


身に起こるすべてに対してそう思うのではないこともあります。



自身で気づかないうちに、


心を込めるものとそうでないものを大きく分けているようなこともあります。



また、心をこめるということの度合いが違ったりすることもあります。



ある程度のところまでは懸命にやるけれども、


一定の基準を超えるとそれでおしまいという姿勢をすべての事に対して示していれば、


少なくとも周りにいる人は「この人はいい加減な人」と見ることでしょう。



結果的に、


当人の「心を込める」という崇高な目標と現実には


大きな乖離が生じることになるのです。



◆そんな隔たりを自分の身に生じさせないためには、


自らのあり方を事細かに振り返る手段と機会を設定することが


必須ではないかと思うのです。



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【気づき1848】〔『今を楽しむ』練習をする〕
2017 / 03 / 09 ( Thu )





◆もし、今を楽しんでいないとしたら、実は非常に切ないことです。



なぜなら、今を楽しんでいないということは、


過去にこだわっているか、


未来のことが気になっているということなので、


これから先もずっと、


この瞬間を楽しいと思える時間を迎えることができないということになるからです。



◆たしかに、仕事に行っている平日に、


週末に予定した友人との旅行のことを励みにして


その日をやり過ごすということを経験します。



結局、それは、週末の旅行は「楽しいもの」「心待ちにしていること」であり、


その日にやる仕事はどちらかというと


「楽しくないこと」「つらいこと」という思いで過ごしていることになります。



◆こう考えると、


今を楽しまなければ充実した人生を送ることができないことは明らかです。



どうにかして、今を楽しむ、今を味わうことを体得しなければなりません。



◆その糸口は、まず「今を楽しもう」と意識することです。



たとえば、通勤時の見慣れた風景を味わおうと思って周りを見てみるのです。



しかも、「楽しもう」と自分に声をかけながら実行してみます。



すると、何回もやっているうちに、


それまで気づかなかった、


「きれいな花が咲いていること」


「変わった形をした家があること」


「空がきれいな青色をしていること」


などに気づくようになるのです。



それだけで、気持ちは今に集中する練習になっているのです。



◆さらに、気持ちの持ちようを練習すると、


今に集中でき、今に充実感を覚えることができます。



特に、ネガティブな感情、思いが心に浮かんだら、


それを「なし、なし」「切り換え、切り換え」とか「キャンセル、キャンセル」と唱えて、


打ち消すのです。



「楽しく行こう」でもいいのです。



とにかく自分の否定的な思いを、


自分なりの言葉で気持ちの中から閉め出すことを心がけるといいようです。



◆このような練習をすることにより、


自分の気持ちを自らコントロールして、


素敵な毎日を自分自身でつくっていくことになるのです。



◆もし、今を楽しんでいないと思うのであれば、


そのままだと生きている甲斐がないと思えるくらいの重要な課題なのです。



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【気づき1847】〔恩を受け恩を受け継ぐ、それは幸せの循環〕
2017 / 03 / 08 ( Wed )





◆自分はどれほど人の恩を受けてきたかを考えると、


まず、幸運なことに親に恵まれました。



思い起こすと、両親がいろんなことをしてくれたことが頭のなかに蘇ります。



引っ越しで幼稚園をかわったときに付き添ってもらった時のこと。



小学校の運動会の時にお弁当を作ってくれて一緒に食べたこと。



中学の3年間弁当を作ってくれたこと。



参観日に来てくれたこと。



高度成長の時期だったので父親は忙しくしていましたが、


親子三人で大阪万博に行った小学校2年生のときの記憶は鮮明に残っています。



◆親だけではありません。



小学校3年生のときの担任の先生が、


休みの日にクラスの生徒を自宅に招いてくれたこと。



中学のとき、休みの日のたびに


朝の6時から夕方6時まで野球をしたりサイクリングをしてくれた友人がいたこと。



登山中に鋭い岩の角で切り傷を負い出血しているのをみて、


カット判をくれた登山者の方に出会ったこと。



社会人になり、同僚や先輩や上司とたくさん楽しい時間を過ごすことが出来たこと。



数え上げたらきりがありません。



◆たとえ小さいこととはいえども、


わたしは多くの恩を受け、


温かい気持ちのなかで生きてこられました。



それを自分が次の世代に渡しているのかどうかをしみじみ考えてみました。



自分の子どもに対してだけではなく、


自分の周りにいる方々にもっと思いを寄せてもいいことに気づきます。



◆恩を受けたことを思い起こすと、


自然と幸せな気持ちになり、


感謝しないではいられなくなります。



するとその恩を返せるところに返したくなってきます。



その気持ちを素直に表現することで、


恩による幸せな気持ちが受け継がれていくと思います。



そういう思いで暮らしていると、


結果的に、


自然に素敵な思いの循環の中に身をおくことにもつながるのだと思います。



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【気づき1846】〔心がすっきりしない理由〕
2017 / 03 / 07 ( Tue )





◆なんとなく心がすっきりしないことがあります。



体調のせいなのか、天候のせいなのか、


理由がわからないでそういう状態になることが人間だれしもあります。



そのようなときは何をするのもおっくうで、


一言でいえば楽しくない心持ちです。



◆そのような状態に陥る理由に心当たりがある場合もあります。



それは、すんだ事をいつまでも思い続けていたり、


また、先のことを考えて取り越し苦労をして意味がない時間を過ごしていることもあるでしょう。



できるなら、もやもやした気分にならずに、


目の前のこと、今やっていることに集中したいものです。



◆人間、余計なことをついつい考えてしまうものです。



それをやめるには訓練が必要です。



しかし、何をどのように訓練したらよいか?



そういうときこそ、坐禅がお勧めです。



坐禅は修業ではありますが、


僧でなくてもその手法を取り入れて心を整えることができます。



◆坐禅中は、息を数えることだけに集中します。



すると、余計な考えは自然と消えていきます。



そうして今のことだけに集中する時間をもてば、


自ずとさっぱりとした心境になるのです。



自然と本来の心がはっきりしてくるのです。



仏教では、本来の心は清浄であり、明るく爽やかなものであるといいます。



◆迷いとは、心の中にゴミが一杯詰まっている状態であり、


ゴミが片付いてきれいになった状態が悟りということができるようです。



自分でも気づかない心のゴミを、


毎日少しずつでも捨てていけたら心が楽になるのではないでしょうか。



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【気づき1845】〔自らつくる、好循環〕
2017 / 03 / 06 ( Mon )





◆「なんとなく、気分がすぐれない」


「なんとなく、楽しくない」



こんな心の状態を言葉にすると、


「うつ的」とか「抑うつ状態」などと表現します。



しかし、生物であることを考えればそれは日常的なことであり、


それを気にする必要はないのです。



◆もし、その状態がいやならば、


違った心理状態に転換する工夫をしたらいいのです。



仕事がきつかったり、人間関係がうまくいっていなかったり、


とにかく理由がわからないけれど気持ちが持ち上がらない時に、


切り返す方法を自分なりに持っていればいいのです。



◆子供の頃に、お正月によく凧をあげて遊びました。



ゲイラカイトのような洋風ものではなく、


いわゆる和凧という、


竹ひごに紙が張ってありそれに新聞紙の足をつけて上げる類のものです。



この和凧は風がないと空中に留まりきれないので、


風が弱まったときには糸を短めに持ち、


常に糸を引っ張り続けないといけなくなります。



糸を引っ張ると少し上昇し、


その手を止めると下に落ちるので、


風が強くなるまで小刻みに糸を引っ張り続けていなければなりません。



◆もしこの凧を人間の心の状態と考えたとき、


下に落ちないように常に引っ張り上げるときの行為は具体的にどんなものかを考えておけばいいのです。



気持ちが下がったときにすぐできること、


楽しくない気持ちになったときにすぐできることです。



◆それは、「うれしい」「楽しい」「幸せ」と唱えることが有効のようです。



人間の作りは面白いもので、


楽しいから笑うのですが、


笑うことによって楽しくなるということも起こるのです。



だから、「楽しい」「楽しい」と唱えていると笑顔にもなれるし、


本当になんとなく楽しくなるのです。



これを、自らつくる好循環というのではないでしょうか。



        内村 鑑三 著 

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【気づき1844】〔努力もなく、まともな60代にはなれない〕
2017 / 03 / 05 ( Sun )





◆老荘思想研究家で、株式会社イメージプラン代表取締役社長の


田口佳史氏の記事を月刊誌「致知」で読んだのが去年の夏前でした。



その記事をいまだに持っていて、昨日また読み直しました。



◆「30歳代に会社を立ち上げたがうまくいかなかった。

うまくいかなかった最大の問題は他責にあった。

何か悪いことが起きれば、

全部あいつが悪い、こいつが悪いとすべて誰かの責任だと思っていた。」


「もうひとつは、苦労するのは嫌だと常に困難に対して背を向けていた」



◆ご自分のことを客観的にみて、


しかも正直に伝えていらっしゃる姿勢はすてきなスタンスだと尊敬します。



しかも、それを克服していく経緯を読ませていただき、


どのように感じてどのように対処して時間を過ごしてこられたかを知ることができて


非常にありがたかったです。



◆勝手な思い方ですが、


若い頃、50代になったら落ち着いている、


60代になったらいろんなことが見えてくるなどと勝手に思っていました。



冷静に考えたらそんな虫のいい話しがあるわけがないのです。



努力もしないで新境地が開けるわけがありません。



自分なりの課題を見つけて、それを継続しかないと成長があるはずないのです。



◆田口氏の場合、


うまくいかなかった理由がわかったのは、


「古典のおかげ」とはっきり認識していらっしゃいます。



さらに、「老子の研究に取り組み、苦しい時期を老子によってのりこえた」


とはっきり自覚されています。



そういう出会いを得ている人をただうらやむだけでなく、


自分も試すことがよい結果になることはこのエピソードだけでもわかります。



◆「死んだと思ってやったら、何ということはない」


「現実の自分を脱ぎ捨てて新しい自分に生まれ変わるのは、

逆境の最中でないとできない。」



◆倒産しかけて自殺したいと思うほど追い込まれていないわたしには


この気持ちの数割しか理解できないでしょう。



しかし、心に負担がかかるときはチャンスと思い、


先輩も切り抜けていることを励みにして進みたいと思います。



月刊誌という文字媒体からですが、


有り難い話しを知ることが出来て感謝したしだいです。



        内村 鑑三 著 

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【気づき1843】〔『徳』とは何かを説明できますか〕
2017 / 03 / 04 ( Sat )





◆「『徳』とは何かについて説明してください」と言われて、


即座に答えられる人がどれくらいいるものなのでしょうか。



実際にどれくらいの人が説明できるのかは、非常に興味のある話です。



◆そのような印象があるにもかかわらず、


おかしなことに、


日常会話で「あの人は徳がある」などという表現を平気で使っています。



わたしたちは実際に、何を前提としてそのような言い方をしているのでしょうか。



◆秩序のある社会になるためには、


秩序ある人が大半を占めないとそういう機運にはなりません。



また、秩序が保たれるためには、


徳があるとか、徳を積むなどという視点や価値観を持つ人が多くないと実現しないことです。



学び舎でそのような価値観について教育されず、


自然と身に着くのを期待するというだけでは非常に心もとないことです。



◆学校で教えてくれないのなら、自ら学ばなければなりません。



徳について多くの先人が、様々な角度から言葉にしてくれています。



その考えにひとつひとつ触れていくことが大切でしょう。



◆「命も要らず、名も要らず、位も要らず、金も要らず、

という人こそもっとも扱いにくい人である。

だが、このような人こそ、人生の困難を共にすることのできる人物である。

また、このような人こそ、国家に偉大な貢献をすることのできる人物である」

(西郷隆盛)



「大善は名声をもたらすが小善は徳をもたらす。

世の人は、名を好むために大善を求める。

しかしながら名のためになされるならば、いかなる大善も小さくなる。

君子は多くの小善から徳をもたらす。

実に徳にまさる善事はない。

徳はあらゆる大善の源である」

(中江藤樹)



◆大人になってからも学ぶべきことはいくらでもあるようです。



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【気づき1842】〔自分史を書くことにより、自分を振り返る〕
2017 / 03 / 03 ( Fri )





◆自分史を自費出版した方が身の回りに何人かいるので、


自分史=自費出版のようなイメージが定着してしまっていました。



よほどの有名人でない限り、自分史が売り物になるとも考えていません。



どちらかというと、自分史を書くということは他人事で、


自分も試そうという思いまでには至っていませんでした。



◆しかし、自分史を書くことで、


自分という人間がどういう人間かを


身内に知ってもらうことにつながることに関心を持ちました。



配偶者や子でさえ自分の内面の奥深くに何があるのかは見えないものですから、


知ってもらういいチャンスだと感じたのです。



◆また、自分自身でも、自分の全てを知っていないという面もあります。



数年前に書いた日記を見て、


考え方や感じ方が変化していることを発見することもあるのです。



ましてや、子供の頃の記憶はさらにおぼつかないものです。



自分の思い出を親と話をしていても、


事実と違っていることは非常に多くあるものです。



◆まずは、自分史を少しずつ書きながら、


自分はどういう人間かを自身が知り、


なぜここにいるのかとか、


これからどこに行くのかを考える題材とすることは面白いのではないでしょうか。



また、新鮮ではないでしょうか。



そのような気持ちで、時系列だけでなく、


住んでいた場所、思いで深いエピソードなど、


思い出すことを少しずつ書きためて、


自分の歴史を字にしていくことは楽しいのではないでしょうか。



◆書くことは、セルフカウンセリングというような自浄作用もあります。



書いているうちに、


身の回りの人が自分に向けてきた視線がどういうものであったかを知ることもできます。



感謝すべきなのにそうしていないことにも


気づくのではないかとすでに感じています。



◆自分史のなかには、


これからどう生きるかをさぐるヒントがあるようにも思えてきてわくわくします。



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【気づき1841】〔自分史をかくということの意味〕
2017 / 03 / 02 ( Thu )





◆就職をしてしばらくして少し落ち着いたころに、


「なぜ、今の仕事を選んだのか」についてあらためて考えたことがあります。



当時、その理由をいくつか上げてみました。



「幼少時に引っ越しを何回か経験した」


「一人っ子であった」


「友達がほしいと思い、自分なりの努力をした」


「でも友人になってもらうことをあてにして卑屈になりたくはなかった」



◆こんなことを幼稚園の頃から考えていました。



きちんというと、考えさせられていました。



もっと厳密に言うと、考えないと立っていられなかったのです。



◆このような視点から考えると、


自分史を書くことは魂の救済に通じるのかもしれません。



悩み多き頃に書くことに意味があるのかもしれません。


自分史というものは晩年に書くと決まっているものではないことが



徐々にわかってきました。



◆確かに生きていると、いくつもの嫌なことにぶち当たります。



自分史を書くということは、


そういうときに子どもたちの


「やりきれない気持ちを流し込む受け皿」をもたせることになるのです。



自分も、もしそういう面を知っていたとしたら、


もっと早めに書いていたかもしれません。



◆昨今、終活がはやっているといいます。



しかし、終活のセミナーに来ている人に講師が、


「人はみな、いつ死ぬかわからない。明日死ぬかも」と伝えたら、


驚く顔をしていたという話しを聞きました。



実際には、そういう人が大多数なのかもしれません。



しかし、明日死ぬかもしれないのも事実ですし、


そう考えることができたら今この時間の過ごし方も違ってくるのです。



◆もし、今突然死んでしまったら、


自分という人間がどういう人間かを家族にさえ知ってもらえないことになります。



「自分が何をどう思って生きていたか」家族にさえ伝え切れていないことを書きとめておくことも、


親族のメッセージとして、また、家の記録としてあってもいいのかもしれません。



◆そう思ったのなら、まさに


「15歳でも、45歳でも、70歳でも書いてみようと思ったときが自分史の書き時である」


ということは間違いありません。



わたしも、楽しみながら、しかも自分の原点を見つけるために、


自分史というものを書きためていこうと思います。



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【気づき1840】〔自分史を書く効果〕
2017 / 03 / 01 ( Wed )





◆現代はストレスが多い時代です。



発散しないとやっていられなくなることを感じる人たちも多くいることが現状です。



そこで、発散の方法をそれぞれが確認することが必要な世の中ですが、


書くことがその方法のひとつであることも見逃せない事実です。



自分史でなくとも、字を書くうちに心が軽くなることもあります。



いわゆる、セルフカウンセリングになっているのかしれないのです。



◆もう一つ、自分史を書くきっかけになることがあります。



それは、死を意識するタイミングを迎えるということです。



死を意識する年代になると、自分の記録を残したくなり、


自分史を書くたくなるのは自然なことです。



年齢に関係なく、


死を身近に感じないわけにはいかない方々は同じ心持ちであると思います。



◆ここで確認したいのは、


書いたものを売り物にするとかしないとか、


できるとかできないとかではなく、


自分史を書くことで自分に返ることができるという点です。



「なぜ、自分はこのような人生を歩んできたのか」



「自分は何を求めているのか」



「自分はなぜそれを求めているのか」



◆家庭環境、経済状況からも、書くための題材は見つけられます。



幼少時に見ていたテレビ番組、学校で流行っていたこと、


学校行事、当時の日記や小遣い帳など、


自分にまつわるきっかけから自分史を書こうとするだけで、


様々なエピソードが蘇ってくるのです。



◆「自分が何者であることをつかむため」


「心を落ち着かせるため」


に自分史を書くという視点は、


けっこう面白いのではないかと思います。



       工藤 美代子 著

           →  読ませる自分史の書き方



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毎日を「いきいき、生きる」ためのヒントを考え続けていきます。
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テーマ:自己啓発 - ジャンル:ビジネス

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