【気づき2023】〔『頼ること』と『手間を省くこと』は紙一重〕
2017 / 08 / 31 ( Thu )





◆仕事場では、ことの大小はあるものの、


突発的に対応すべきことが起こることがあります。



その第一報を受けた人が、


起こったことを間髪なく上司に伝える場面をよく見かけます。



その状況は、外見上、上司を頼っている場面に見えます。



◆しかし、違った視点でこの場面をとらえることもできます。



それは、課題を一番にキャッチした人は、


上司に伝える前に自分ができることを考えたかどうか、という点です。



もしその場に上司がいなかったら、その人はどのように対応したのでしょうか。



頼ったのではなく、ただ上司に課題を投げつけたりしていないでしょうか。



◆職場でのこのようなことを考えるときにいつも思い起こすのが、


「頼る」ことと「手間を省く」ことは紙一重ですが、


まったく別次元のことであるということです。



「一報が入った。この案件でまず自分が即応することがあるかないか。



その対応を自分でやっていいかどうか。それができないとしたら、まず誰に伝えるべきか。」


というプロセスを、


きちんと踏んでいるかどうかが大きな分かれ目です。



◆そういう段階を踏むことなく、


とにかく誰でもいいから伝えて、


伝えたら自分の役目は終わりと感じて安心している人をみかけないでしょうか。



そういうあり方は、


人を便利に使っているだけのことであり、


人を頼っているということはできません。



◆そういうあり方だと、自分の力がつかない上に、


人をないがしろにしている心の姿勢を


自分の周りにさらしているだけになることを知るべきです。



      森 信三  著

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【気づき2022】〔人をほめて、自分を磨く〕
2017 / 08 / 30 ( Wed )





◆家庭において、


家族が自分に対してぞんざいな表現をすることを経験すると、


「人のことをなぜそんなにいい加減に扱うのか」と不満に思うことがあります。



いくら身内といっても、


すこしは緊張感のある関係を維持したいと思うのです。



◆この現実を冷静に眺めると、


緊張感がないと人は人のことをいい加減に扱うものなのかなと感じます。



もし、そうだとしたらこの傾向は仕方のないということではなく、


人を不幸せにする大きな要因だと思います。



◆人をけなすとは、


相手を低め、相対的に自分を高位に置くことです。



逆にほめるとは、


相手を高め、自分を低位に置くということです。



人というものは、野放図に生きるとえらそうになってしまうものなのでしょう。



心をコントロールしないまま放置しているとけなすほうに傾くことを考えれば、


そう考えることはあながち間違いではないように感じます。



◆もしそうだとしたら、人間を磨くために、


人をほめる練習をしなければならないのではないでしょうか。



下座行とは、


落ちているゴミを拾うなど自尊心を打ち砕くための修行をする立場ですが、


ほめることも同じ次元の修行に思えます。



◆自分を磨くという視点から、


人をほめるということも、


人間力アップのためのひとつのあり方ではないでしょうか。



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【気づき2021】〔『注意』と『非難』-あなたの上司は区別できていますか〕
2017 / 08 / 29 ( Tue )





◆人は、もともと思ったことを口にする生き物であると思います。



子供のころのことを考えるとよくわかります。



そして、大人になるにつれて、


言っていいことと悪いことを学び、


口にすることを選択するようになるものです。



◆大人になるとそのような変化を迎えることが通常の成り行きであるはずです。



そうであるはずなのに、


人の悪い点を適正に伝えるということはなかなかできないのが実情です。



どこかしら、悪口や非難になってしまいます。



悪口,非難をするということは、


人間にとって拭い去りにくい性癖ということなのでしょうか。



◆大人になると、


仕事などで赤の他人に注意をしなければならなくなります。



その際、


自分が相手に向ける言葉が注意であるか非難であるかを客観的に判断し、


自制もして、きちんと伝えることは意外とむずかしいことです。



結構、高度な技術、能力が求められます。



◆注意とは、


面と向かって伝えるもので、しかもニュートラルな表現です。



求める要件を、相手にわかりやすく提示しなければなりません。



それに対し非難は、


本人のいないところでなされ、相手をおとしめる表現です。



しかも、発言者の気持ちを処理するだけのものです。



◆公人であればあるほど、組織の上位であればあるほど、


その表現が注意でなく非難に傾く人は、


よりシビアな評価を受けるのが宿命です。



しかし、公人でなくても、組織の上位に位置していなくても、


程度の差こそあれ同じことがそれぞれの身にも起こるのです。



◆そのようなことを覚悟の上で言葉を発するようにしたいものです。



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【気づき2020】〔生きていて、無駄な時間はない〕
2017 / 08 / 28 ( Mon )





◆「今度の休みの日はこんな風に過ごしたい」


というように、


時間の使い方の目標を設定することがあります。



しかし、設定すると


その設定通りにいかないときに不満や失望感が起こることがあります。



休みという貴重な時間なのに、


結果的に楽しくない思いを差し挟むことになってしまうのです。



◆なぜ不満の気持ちがわき起こるかといえば、


「自分の思い通りにならなかったこと」が一番大きな要因でしょう。



しかし、考えてみれば、


天候、電車の運行、家族の動き、周りの人の動きというような、


自分では左右できない要素が幾重にも重なっています。



思い通りにいかなかったとしても、


それに対して不満を感じることは実は理にそぐわないということも言えるのです。



◆「その場を楽しみましょう」という表現があります。



自分が逆境にあるときにこのような言葉をかけられても、


なかなかそのように思えるわけではありません。



しかし、少しニュアンスは変わるかもしれませんが、


「感謝できることに感謝をしましょう」と言葉をかえるとわかるような気がします。



また、受け入れられるような気がします。



◆たとえ思い通りにいかなくても、


自分に起こることを謙虚に受け止め、


感謝できるようになれば素敵です。



それができれば、心は常に平穏で、


この世に無駄なことはないという気持ちになれる気がします。



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【気づき2019】〔人の幸せを祈れるか〕
2017 / 08 / 27 ( Sun )





◆人の心というものは常に変化するものです。



気分よく過ごしていたとしても、


なにかきっかけがあればすぐさま心のなかは荒れ模様になります。



そのような急激な変化を迎えないために、


人は知らずに自分の気持ちをコントロールしています。



◆一人でいるときはまだしも、


誰かが周りにいるときにはそれぞれの人がそれぞれの思いにそって行動します。



その行動は当然ながら、


それぞれの人の価値観に基づいているので、


自分の考えとそぐわないこともあり得ます。



◆「致知」という雑誌で、


各界で業績を挙げられている方の心の置き方についての記事を拝読しています。



その記事でふだん知り得ない、


僧侶の方の心の置き方についても勉強させてもらうことができます。



「高い位にいらっしゃる僧侶の方は、毎日をどう生きているのか」


「なぜ修業をしようと思ったのか」



◆何人かの僧侶の方の記事を読むと、


「世界の平和を祈る」ということがよく取り上げられています。



一般の人にはなかなかない視点です。



しかし、修業をしている身でなくても、


記事を読みますと、


一人ひとりが平和を祈ることがそれを実現できる小さな一歩になると感じます。



◆世界が平和であれと願うことは、


自分も平和となるようなあり方を選択することになります。



そのような自分になるとき、


自分の心のなかも常に穏やかでなければなりません。



小さな一歩ですが、


「身の回りで起こることに対して、不平や不満を思わない」ということをめざすことが、


「自分も平和、それが世界に平和につながる」


ということを感じます。



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【気づき2018】〔心の結びつきとは何か〕
2017 / 08 / 26 ( Sat )





◆相手が苦しんでいる、


またはつらいと思っているということがわかるときに、


手を差し伸べるのが人としてのある意味礼儀であると思います。



少なくとも心情的にそうしたいと思うことが


正常な感情のある人間の行動パターンではないかと思います。



◆実際に、身の回りにそういう状況の人がいても、


何ら手を差し伸べることもしなければ、


もともと心も動いていないような人がいるのも、


不思議なことですが事実です。



心が結びついていないことを表す、


象徴的な例かもしれません。



◆心が動かないのはなぜなのか。



身のまわりにいるそういうタイプの人たちは一通りではなく、


思い方がいくつかに分かれます。



例えば、


①心を動かせることをめんどうだと感じ、感情鈍麻であることを貫くと決めた人、


②ひとつひとつに心を動かせる自分をわずらわしいと思い、


自らの感受性に見切りをつけた人、


③いろいろ感じる自分に疲れ、人にとらわれないで自由になりたいと思う人など、


理由は様々です。



◆もちろん、どのように感じ、どのように反応するかは各人の自由です。



そういう思いの下に、自分のあり方を決めることは人が選択することができるのです。



しかし、ひとつだけ考えに入れておいた方がいいと思うことがあります。



◆それは、感じることを放棄してはいけないということです。



感じるからこそ考えるのですし、


そうであるからこそ人とのつながりは必要なことだと確認できるのです。



感じることはある意味、つらいこと、きついことかもしれません。



しかし、それを止めてしまえば、私たち人間はどこにいってしまうのでしょうか。



◆1つだけ、提案です。



わずらわしいのなら人と関わりを持たなくてもいいです。



しかし、きちんとやっているとか、誠実さを感じるという人がいたら、


それを素直に認め、受け入れ、言葉にして評価してあげてください。



◆そこに相手を尊重する気持ちが生まれ、


そして尊重されるありがたさを感じ、


お互いがお互いを受け入れる基盤が自然とできるのです。



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【気づき2017】〔勉強の蓄積は、将来必ず役に立つ〕
2017 / 08 / 25 ( Fri )





◆「私の勉強の仕掛けが、もう十年早かったら、


否、せめてもう五年早くて、


せめて二十五、六歳からでもしていたら、


今日どれほど自信をもって、


この忙しさの中を悠々と過ごせたであろうかと、


返らぬ悔いをしています。」



◆書物のなかでこのような記述を目にしたとき、


思わず自身の過去を振り返ってしまいました。



上記のコメントは昭和初期に校長をやっておられた先生の感想であるとはいえ、


社会人になってあくせく生きた後の45歳から勉強を始めた私は、


それこそ取り返しのつかないくらいスタートが遅いのです。



◆後悔しても始まりません。



だからこそ、覚悟を決めて


「その人が始めようとした時が最良のスタート時期である」


ということを信じるしかないのです。



今は毎日、楽しみながら、


残された時間を愛おしみながら読書にいそしんでおります。



◆「真の読書というものは、自己の内心の已むにやまれぬ要求から、

ちょうど飢えたものが食を求め、渇した者が水を求めるようであってこそ、

初めてその書物の価値を十分に吸収することができる」



◆それを考えたら、


今は充実した時間を過ごすことができているのですから幸せです。



この蓄積が、将来、


自分の役に立つのであればそれは努力の甲斐があったというものです。



また、万が一、


人様のお役に立つことがあるとしたらこの上もない幸運だと思います。



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【気づき2016】〔道徳を修養して、強くたくましい人間になる〕
2017 / 08 / 24 ( Thu )





◆人というものは、欲にとらわれることが多いようです。



たとえば、人前でミスをあからさまに注意されたら、


怒りが先に立ち、注意している人に食ってかかってしまうものです。



◆しかし、


その状況を言葉にするとしたら、


「自分のミスを棚に上げて、自分のプライドを懸命に守ろうとしている状態」


ということもできるのです。



自分がミスをすることで影響がでることや、


影響を受ける人、場合によっては迷惑をこうむる人がいることなどを考えるより先に


自分のことを考えていると言えるのです。



◆森信三先生のお考えを拝借すると、


「道徳修養と聞くと『お人よしである』という連想する人がいるがそうではない。

真の道徳修養は、いかなる艱難辛苦に遭おうとも、

人の道を踏み外さないばかりか、

人生を力強く生きぬいていけるような人間になることである。」


ということもできるのです。



◆「ミスを指摘された」と受け取るのではなく、


「ミスを指摘していただいた」と受け取れたら次はどういう展開になるでしょうか。



間違ったことに対して謝罪するだけでなく、


そのことにより出る影響のことを考え、


対処を考えるというあり方ができたら、


ミスによるマイナスを極力小さくでき、


さらにその次のレベルまで対応していけることになります。



◆そのような受け取り方と行動ができるとしたら、


人が真似できないほどの高度な人間力を持ち合わせているレベルにまで


達することができるのではないでしょうか。



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【気づき2015】〔挨拶をして、運を開く〕
2017 / 08 / 23 ( Wed )





◆先日の月曜日の朝、


自動販売機に飲み物を補充している飲料会社の社員の方に


「おようございます」と挨拶をしました。



しかし、作業中であり、


体を動かしている最中であったから声に気づいてもらえませんでした。



◆そのときにふと思いました。



「自分だったら、この場面どういう対応をするだろうか」



わたしは、きっかけさえあれば、


知らない人でも挨拶をすることを心がけているので自分から挨拶をしたと思います。



月曜の朝9時前という、


気持ちも体も一番始動していないときであるので自信はありませんが、


逆にそういうときであるからこそ勢いをつけたいので自ら動いたと思います。



◆挨拶は人の存在を確認し合う場面です。



また、人とのつながりを広げていける場面でもあります。



挨拶の「挨」は、開く、近づくという意味です。



挨拶の「拶」は、引き出すという意味です。



つまり、挨拶とは、


こちらが心を開くことにより相手にも近づいてもらう、


という意味が本来あるのです。



◆つまり、挨拶とは自分から相手に積極的に働きかける行為なのです。



そのような意味を再確認しなければなりません。



◆些細なところからわたしたちの人とのつながりは始まります。



そこが運を開く瞬間になるかもしれません。



そう信じて気持ちを奮い立たせることが楽しい時間をもたらすと考え、


実行することは決して無駄になりません。



◆こういう信条は、


結果的には自分が前向きに、


快活に生きる第一歩を踏み出すきっかけであると思います。



自分でどう捉えてどう行動するかということを考え、


そして決めて実行することが


人生を豊かにすると信じて毎日を生きていこうと思います。



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【気づき2014】〔一日読まざれば、一日衰える〕
2017 / 08 / 22 ( Tue )





◆成長するということは、


成長する前より後で重さや能力が増すということです。



つまり、成長する過程は、


引き算や割り算ではなく、


足し算や掛け算で表すことができるといえます。



ただし、この足し算と掛け算では大きな差があります。



◆足し算だと足すものがあるたびに加えていくだけですみます。



しかし、掛け算となるとそうはいかないのです。



掛け算であると、


途中で「0」の日があるとその時点で成長の総量が「0」となってしまうのです。



◆「日々これ鍛錬」などという言葉を武道場や学校の部室で見かけたことがあります。



また、三日坊主はいけないということを学校で教えられた記憶があります。



この経験からすると、


やはりやり始めたら貫かないと到達できないことを教えられているように感じます。



◆だからこそ、途中で休むとどういうことが起こるかを考えなければなりません。



休むということは「今日はなしでいい」という気持ちを受け入れることです。



それを1回自分に許すと、そのあと踏みとどまることができにくくなるということです。



そういみ意味で、「今日はなしでいい」はなしにしなければならないのです。



◆そう考えると、毎日の鍛錬は掛け算ととらえたほうがいいようです。



つまり、途中の「0」はすべてをゼロにするにするのです。



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【気づき2013】〔心に栄養を補給することの意味〕
2017 / 08 / 21 ( Mon )





◆人間は、食物を体に取り入れないと命を維持することができません。



だから、毎日食事をしますし、


生活の糧を得るために仕事をするという面もあります。



しかし、人間には心と体があるという割には、


明らかに心に栄養分を補給するという考え方はあまりありません。



◆その理由として、


体と違って心に栄養の補充がなくとも過ごせてしまえるということが大きいのですが、


はたしてその状態を放置しておいてもいいものなのでしょうか。



このような視点に関する考えを聞かせてもらう機会はありませんでしたが、


ここに来て1つの考えを学びました。



◆森信三氏がこの点について解説してくださっています。



「人生の半ばをしめるものは読書ということです(時間の長さではありません)。

人の多くはこれに気づかない。志をいだくとそうせざるを得ない。」


「読書において、日常生活の中にやどる意味の深さは

読書の光に照らして初めてこれを見出すことができる。

読書をしないと貴重な人生経験が意味のないものになり、

または自他ともに傷つくことになるかもしれない。」


「一日読書をしないとそれだけ真の自己はへたばる。」



◆忙しい毎日かもしれません。



わかってはいるけれど本を読む時間が取れないのかもしれません。



しかし、その時間を確保しなければ心は枯渇します。



少しでもいいから本を読むと、


心が潤い、人生が豊かになる可能性がそこにあるのです。



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【気づき2012】〔祈ることの意味〕
2017 / 08 / 20 ( Sun )





◆祈るとは神様や仏様にお願いごとをすることをいいますが、


信仰をもっていなくても私たちは祈ります。



合格祈願や必勝祈願という言葉もありますし、


実際に神社にお詣りに行くこともあります。



自分が困ったとき、人を助けたいときなど、


祈る気持ちになったことは多くの人が経験しているはずです。



◆また、対象が神や仏ということではなく、


太陽や山に対して拝むこともあります。



富士山に登頂し、ご来光を拝むこともその例でしょう。



意味合いは異なりますが、先祖のお墓に手を合わせることもあります。



◆日本人の多くは、祈る、拝むということをさほどするわけではありません。



しかし、手と手を合わせて頭を垂れるという


体の状態、心の状態が非常にとぎすまされた、謙虚な姿勢だと思います。



◆高校在学中に数学を教えていただいた先生が、


授業中にこんなことをおっしゃいました。



「人は自分でも気づかないうちにえらそうになる。

自ら自分のことを引き立てる思いにかられ、人のことをないがしろにする。

えらそうな思いはマイナスにこそなれ、決して自分のプラスにはならない。

だから、祈るという行為が人には必要ではないだろうか。

祈るあいだは、少なくとも謙虚な状態である。

だから、まともな人になるためには祈ることが必要だ。」



◆信仰がないとしても、


また頭を垂れる対象を念頭においていなくても祈ることはできます。



人間の力が及ばないものに対して祈る、


ということでもいいのではないでしょうか。



それは、宇宙の大原則というような


抽象的なものに対する祈りでもいいと思うのです。



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【気づき2011】〔職場での無愛想は得策か〕
2017 / 08 / 19 ( Sat )





◆わたしたちは生身の人間ですから、体調が悪い時もあります。



つらいことがあって、気持ちが萎えているときだってあります。



しかし、事情があったとしても、


不機嫌であったり、無愛想であるということは、


客商売でないとしてもやはりマイナスを背負うことになります。



外部の視線は、そういう点を敏感にキャッチするものなのです。



◆近くにいる同僚も、不機嫌や無愛想である人に対しては気を遣います。



すこしタイミングが悪いと、気持ちの行き違いの大きな原因となります。



きついときに快活になったり、笑顔を見せることはかなりのエネルギーが必要です。



しかし、最低限でも人の言葉や気配にきちんと反応しないと


結果的に自分にとってつまらない評価,リアクションを受けることになり、


さらにきつさが増します。



◆人は自分以外の人の気持ちや心情をなかなか理解しきれないものです。



推し量ろうとする気持ちがあったとしても、


相手がそれを受け付けないような印象を受けると、


その思いも消え失せてしまうものです。



だからこそ、きつい時でもそれを乗り越える信条をはっきりと自分で確認しておき、


大変なことですが、常に自らを鼓舞し続けていくことが肝心です。



◆もし、なんらかの事情で、


だるそうに仕事をしている同僚がいたとき、


その同僚のことを心の中でけなしていたら自分も同じ領域に入ることになります。



それを避けたいのであれば、


目の前にいるけだるそうな同僚の姿に自分を投影してみることです。



けだるそうにしているのは自分。



それを見ているのも自分と想定してみてください。



そんな態度の自分を、周りはどう見ているかがはっきり感じられるでしょう。



◆同僚を見捨てないでアドバイスをすることも当然必要です。



と、同時に、


自分も同僚を見て気分を悪くするか、


それとも自分に照らして見て自分の反面教師にするか、


微妙な分かれ道ですがその差はかなり大きいものです。



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【気づき2010】〔先人の視点を、自ら確かめる〕
2017 / 08 / 18 ( Fri )





◆人のことを利用しても平気な人がいます。



人のことを何気なく、蔑ろにしたり踏みつけにする人がいます。



そのような傾向のある人が近くにいるばかりに嫌な思いをすることもあるでしょう。



◆そんな人と付き合いたくなくても、


事情がそれを許さないこともあります。



それはつらいことではありますが、


どうせやらなければならないのであれば、


覚悟を決めて現実を直視するしかありません。



◆書経のなかに、


「人を玩(もてあそ)べば徳を失い、物を玩べば志を失う」という言葉があるようです。



人間を人間として扱わないと周りの支持をなくしてしまうことが


2000年も前に確認されているということです。



◆学校での人づきあいは、


小学校では6年間、以後は2年から4年間というものになります。



しかし、社会人になれば、


異動がないとしたらかなり長い間人間関係が続くことになります。



そういう境遇であるとき、


人を人として扱わない人物が近くにいることは大変な苦痛です。



◆しかし、視点をかえ、


その人がそういう状態を続けていたらどうなるかを見極めてみたらどうでしょうか。



自分の人生で、


先人のいう法則が実際にどう働くのかを確認してみてはどうでしょうか。



そのように身に起こることをきっかけにして、


古典を読み、自分の人生に活かすという展開もあります。



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【気づき2009】〔学ぶことにより、自分を維持する〕
2017 / 08 / 17 ( Thu )





◆昔より言い伝えられている言葉は、


必要なことを今の世に伝えてくれていると思います。



しかし、よく耳にして知っている言葉であるばかりに、


さほど深く考えたりすることがありません。



結局、心に留まっていないことが多いように思います。



◆それと同様に、今の自分にとって当たり前のこと、


例えば、家があり、そこに家族がいて、食事をするなどということを、


当たり前のことと思い、さほど気にしていないものです。



この状態も、


自分の生きている現実を心にしっかりと受け止めていないということができます。



◆このようなあり方を続けることが、


自分にどういう影響があるかを考えておくことが、


自分が自分として立ち続けていくことに必要ではないでしょうか。



◆人は突然、死を迎えることがあります。



また、境遇の変化が急に訪れることがあります。



毎日ありきたりなことを繰り返しているだけと感じがちのなかで、


そのような局面を急に迎えるとどうなるでしょうか。



生きている毎日に、自分がどういう状況にいるのかを感じたり、確認したりする、


振り返りの時間が必要ではないかと感じるのです。



自分が自分として立っていくために必要ではないかと思うのです。



◆生きていくうえでの自分なりの信条を得る努力が自分を守ると思います。



信仰をもっているか否かも人の心のあり方を左右するでしょうが、


自分の指針,自分の選ぶ心のあり方を学び、選択するために、


やはり読書は欠かせません。



◆習慣としての読書,生活に根付いた読書により、


自分の心の平穏を維持する方法を知り、


そのプロセスで自分の毎日をじっくり味わうことができることを実感します。



      森 信三  著

           → 修身教授録 現代に甦る人間学の要諦



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【気づき2008】〔『待つ』ことで、スムーズで平穏な時を迎える〕
2017 / 08 / 16 ( Wed )





◆狭い路地で車がすれ違うには、


すれ違うことのできる道幅のある場所で


先に着いた車が対向車を待ち受けることでうまくいきます。



しかし、そんなことを考えることなく前に進むことしか頭にないと、


必要以上に時間がかかり、


無駄な時間を過ごすことになります。



◆職場で、


自分が伝えたいことを


相手の状況を気にせずに投げかける人がいることをよく聞きます。



自分の抱えている課題を


早く投げ捨てたいといわんばかりの勢いの人もいるようです。



◆車のすれ違いや職場でのやりとりをスムーズにするためにはどうしたらいいでしょうか。



ここで双方に求められる共通の視点は、


「待つ」という姿勢ではないでしょうか。



◆車の場合、


すれ違いができるポイントで待つという視点を持てばいいだけのことです。



後戻りをしないで済むためにも、待つということは一番肝心なポイントです。



職場での会話の場合、相手の状況に合わせるために、


伝えたいことをその時に伝えないで待てばいいのです。



場合によっては、時間をずらしてもいいわけです。



◆待つということをしないばかりに、


怒りの感情がわき起こり、


結果として関わりがうまくいかないことも往々にしてあります。



自然に待つことができないのだとしたら、


「待つことも大事」と唱える癖をつけてみてはどうでしょうか。



◆そういう心のあり方が、


事がスムーズに運ぶことを助け、


自分の心に平穏をもたらすことを考えてみてもいいのではないでしょうか。



      北尾 吉孝  著

           → 実践版安岡正篤



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【気づき2007】〔求めれば、与えられる〕
2017 / 08 / 15 ( Tue )





◆ふだんわたしたちは、


仕事に対する思い、家族に対する思い、生きるということへの思いなど、


いろんな課題を抱えています。



けっこう奥行きのふかいテーマがいくつもあるので、


自分でも気がつかないうちに


いつも考え事をしているようなことが当たり前になってしまいます。



しかも、考えているといっても、


「どうしたらいいだろうか」くらいで考えが停滞しえいることが多く、


それ以上先には進めていないのです。



◆そのようなテーマの考えを進めていくためには


当然考え尽くすことが必要ですが、


考えを進めるためにはただ時間をかけるだけでなく、


外部からの情報をインプットし続けた上で、


じっくり再考することが重要になります。



◆大きなテーマであると構えてしまうと、


答えを見いだすことができないと思ってしまう面もあります。



たとえば、


「生きるとは何か」などというと先人たちが考えてきた壮大なテーマで、


自分の手に負えないように思ってしまうのす。



しかし、自分の人生は自分が考えればいいのであるから、


そんなことに左右される必要はないのです。



新訳聖書「マタイ伝」にもあるように、


「求めよさらば与えられん」ということを信じればいいのです。



◆自分なりの答えをみつけようとした人だけが、


その人なりの心の変化をたどり、


その人が求める答えに近づいていけます。



なんとなく過ごしていると答えに近づいているかどうかを自分で知ることができませんが、


インプットをし、考えを重ね、その記録をメモしておくと、


かなりの変化が自分のなかで起こっていることを確認することができるのです。



◆そして答えがみつかったとしたら、


その人は人生をぶれなく過ごすことができるのです。



      北尾 吉孝  著

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【気づき2006】〔人を磨くとは、そしてその意味とは〕
2017 / 08 / 14 ( Mon )





◆目に見えないところで多くの方が働いていただいているおかげで、


わたしたちの生活は成り立っています。



働くことにより、世の中の一端を担うことになり、


それが世の役に立っているのです。



そういう意味で、人は支え合っているといえますし、


世の中の役に立つというのにもいろんな形があるということができるのです。



◆この話とは視点が違いますが、


「その人に接すると自分までも気が爽やかになるという、

これが人物の最も大事な要素だ。

そしてかくの如き人であれば必ず役に立つ」

(安岡正篤著『照心語録』)


ということもあります。



個人の人柄で、周りに貢献する人がいるのも事実です。



◆人を磨くということはむずかしい課題です。



むずかしいという理由に、


達成しにくいということが一番に挙げられますが、


それは時間が何十年もかかるからです。



しかし、もし人格が、


周りが注目しないではいられないほど磨かれたとしたら、


その人は周りにいる人を幸せにすることができます。



◆時間がかかるとはいえ、


その実現のために


安岡正篤氏の「精神を健全に保つための三つの心がけ」


を参考にしたいと思います。



それは、


「心中常に喜神を含むこと」「心中絶えず感謝の念を含むこと」「常に陰徳を志すこと」です。



◆「喜神を含む」とは、


「どんなに苦しいことに遭っても、心のどこか奥の方に喜びを持つということ」だそうです。



「陰徳を志す」とは、


「人知れぬ善いことをする」ということです。



「情けは人のためならず」であり、良い運も巡ってくるということです。



◆毎日生きていくうえで指針になる言葉をかみしめ、


それを身につけることでそれが人格形成に役立ち、


人の役にも立つこととなるのなら、


毎日こつこつ1つ1つの課題を行(ぎょう)ととらえて、


自分を磨き上げるのも1つのあり方です。



◆そう確信して迷わず積み重ね続けたら、


30年後、40年後に、


実行した人だけが味わえる最高の幸福感を体験することができます。



      北尾 吉孝  著

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【気づき2005】〔仕事に行きたくないのは、なぜ?〕
2017 / 08 / 13 ( Sun )





◆仕事をするときには、けっこうなエネルギーを使うものです。



約30年間仕事をしてきてもそう思います。



とくに、若い頃は、精神的なきつさを今より強く受けていたと感じます。



◆そのつらさを拭い去りたくて、


もっと楽になりたいと思った記憶がはっきり残っています。



現実から逃げ出したいと思ったときもありました。



そのときのつらくてどうしようもない心情を、


「外国人部隊に入って命をかけて一秒一秒を過ごすような緊張感のなかで過ごしたら、


今のありがたみがよくわかるような気がする」


という言葉で上司に伝えたことがありました。



明らかに例が悪かったのですが、


その上司に「意味がわからない」と一蹴されたこともあります。



◆「なぜ、仕事はつらいのか」


「なぜ仕事に行きたくなくなるのか」



仕事に行くと、仕事をうまくこなさなければならないという重圧があります。



与えられた役割を果たす、


求められることをやらなければならないという重圧があります。



また、人と接する重圧もあります。



客、上司、同僚など、人と接するには意外とエネルギーが必要になるのです。



しかも、場合により、特定の人から受ける重圧が大きく影響することもあります。



◆わかい時分、「なぜこんなにきついんだろう」と思っていましたが、


きつさの原因を突き止めようなどと考える余裕はありませんでした。



「生きていくためには耐えていくしかない」


と飲み込むしか手立てがありませんでした。



しかし、そういう状況であると耐え忍ぶことだけしかなくなるので、


希望が見えず、何の見通しもたちませんでした。



相談できる先輩がいたらラッキーでしたが、


そういう人をさがしあてることはできませんでした。



◆耐える、稼ぐ、仕事を覚える、資格を取ることに


注意とエネルギーを注いで17,8年を過ごしたのです。



◆ようやく45歳半ばにして人間学に触れることができ、


古典を学び、仏教の修行をされた僧の方々の言葉に触れることができました。



そして、いまは本を読み勉強することで心が救われています。



45歳からでも、


今のような前向きな気持ちの毎日を送れるようになれたことは非常に幸運だと思います。



      北尾 吉孝  著

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【気づき2004】〔『年のわりには若い』と言われるための秘訣〕
2017 / 08 / 12 ( Sat )





◆年をとっていくということは、


命の限られた生き物である私たちは避けることができません。



だから、年を取っていくことは仕方がないことなのですが、


老けているよりは若々しくいたいと思うのは自然な気持ちです。



◆だからこそ、老けこんでしまわないために、


健康に注意して、活力を維持していくことが必要でしょう。



また、それとともに、やはり古来より先人もはっきりと指摘しているように、


老けこまない心の持ちようを持続させることも非常に大切です。



◆「憤を発して食を忘れ、楽しんで以て憂を忘れ、

老いの将に至らんとするを知らざるなり」

(『論語』)



「不健康、早く老いることの原因は、肉体より精神にあります。

精神に感激性のなくなることにあります。

物に感じなくなる、身辺の雑事、日常の俗務以外に感じなくなる、

向上の大事に感激性を持たなくなる、これが一番いけません」

(安岡正篤著『運命を創る』)



◆いきいきと生きることができるための自分なりの課題を見つけることが、


気持ちに張りを持たせる一番大きなきっかけとなります。



ただし、課題を見つけたら、


それに伴い心や体を動かすことが必然的に増えるはずです。



それをめんどうと思わずに、


心素直に心も体も動かすことが基本となるのではないでしょうか。



      北尾 吉孝  著

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【気づき2003】〔腰をすえて取りこぼしのない仕事をするための条件〕
2017 / 08 / 11 ( Fri )





◆仕事のスケジュールを立て、


「いつ、何をするか」を確認して実行することで、


事はスムーズに進みます。



準備が必要なことは、


抜け落ちている点がないように表や文字にして、


順次進行状況をチェックすることで失敗は防げます。



◆しかし、列挙している項目1つ1つを確認する際に、


不安やマイナスの気持ちが起こることがあればそれは再確認のサインです。



同僚との会議や打ち合わせ等により、


不安がどういうところから起こるのかを探ることが賢明です。



◆不安,心配などというものは、


それまでの経験全般の様々な経験によって引き起こされるものです。



その思いを念じるだけで払拭することはできませんし、


そのような切り抜け方はミスにつながるのかもしれません。



◆気づいたことに即座に真正面から向き合うことはきついときもあるでしょう。



しかし、なぜそういう思いになるかについて確認しないと、


不安,心配は消えないし、克服する手立てが見えないままになります。



やるべきこととして時間をずらしてでもやることを忘れない手立てが必要です。



◆さらに、「どうやってその心配を消すか」ということから出発し、


懸念をクリアし、解決策をみつけるだけでなく、


「なぜそのような仕事をしているか」という


高位の次元に対する自分の考えがあると有利です。



その確認ができていると、


より腰を据えて事に当たることができるのではないかと思います。



      北尾 吉孝  著

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【気づき2002】〔受動喫煙条例を機に、心の持ち様も考える〕
2017 / 08 / 10 ( Thu )





◆東京都の都民ファーストの会が、


子どもの受動喫煙を防ぐための条例案を


9月の都議会に提出する方針を表明しました。



健康について、


様々な視点から論議が飛び交うきっかけになることが予想されます。



◆この条例案には、


「こどもを受動喫煙から守る」という文言が入っています。



しかし、こどもの健康を守るために親の喫煙の仕方を考えるという視点ではなく、


これを機に親も自らの健康について考え直すいいチャンスではないかと考えます。



◆人間学の著書を多く残している、安岡正篤氏は、


人は成長するにつれて体に疲労物質がたまるので


健康に気を遣わなければ若死にするという旨の記述の後に、


以下のように続けています。



「人格的にも早年から中年に進んで、

家庭生活社会生活等の経験を積んでくるほど、

滓が溜まる。

修養してこれを滌除せねば、

人格的に病人、あるいは亡者である俗物小人となってしまう」

(『東洋倫理概論』)



◆今回の条例案の提出は、


健康についてあらためて考えるいいチャンスです。



加えて、心の持ち様についても考え、


自分の人生の再確認の機会としてみてはどうでしょうか。



      北尾 吉孝  著

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【気づき2001】〔人とつながり、より良い人生を送るための条件〕
2017 / 08 / 09 ( Wed )





◆人と人がつながるには、過酷な状況を共に過ごしたり、


共通の目標達成をめざすなどの条件が前提になることが多いです。



加えて、相性とか出会うタイミングや顔を合わせる回数なども関係してきます。



◆そして、それ以上に、


お互いの人間性というものがかなり大きく影響してきます。



平たく言うと、印象の悪い人と一緒に時間を過ごすことは苦痛になります。



やはり「また会いたい」と思う人であることが、


人間関係が広がるための大きな要素となるのです。



◆人間性というものは、なかなかキャッチしにくいものです。



しかし、言葉や立ち居振る舞いから、


人というものはいろんな情報をキャッチします。



「責任感はあるか」「うそはつかないか」「人を見下すようなことはしないか」


などについて、数回会ってやり取りを重ねるうちに、


「当たらずとも遠からず」という直感は働くものです。



◆そういう評価をお互いに重ねた末に、


自分が直面する課題解決の過程で声をかける際、


まずはその人に連絡を取るかどうかが決まります。



もし、連絡を取ることにした場合、


そこからはそれまでとは違うステージを迎えます。



そのステージでのやり取りを通して、直感を確認することになります。



そして、そのステップを踏んでも評価に変わりがない場合、


関係性はより強固となり、信頼関係を築く段階に進みます。



◆人と人とのご縁は、一期一会です。



どんなタイミングでも、やり取りを断ち切らない人柄、


しかもさらに関係性がより強固になるような人間性を身につけ、


それを磨くということを心がけることがよりよい人生につながります。



      北尾 吉孝  著

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【気づき2000】〔時間に追われたままの人生を良しとするか〕
2017 / 08 / 08 ( Tue )





◆これまでの人生を振り返って、55歳のいま、強く感じることがあります。



それは、「いつも時間に追われているような気がする」ということです。



◆そのはじまりは、中学や高校のときの受験からではないでしょうか。



「なぜ勉強するのか」「将来どうなりたいのか」ということを考えないまま、


「とにかく学校に受からないと不安」という思いに追い立てられながら過ごしていました。



回りの人や状況に尻を叩かれながら、


また自分でも叩きながら勉強をしていたように思います。



◆社会人になってもさほど状況は変わりません。



「なぜ仕事をするのか」などということは考えもせずに、


就職先を選んでいました。



「世の為に役に立つ仕事をしたい」などと真面目には考えましたが、


どんな仕事も世の中を支えているということには考えが及ばない、


狭い了見のなかで四苦八苦していました。



◆しかも、仕事を始めたらあまり楽をすることも考えずに、


真面目一本な生き方をしました。



そして、てきぱきと仕事をこなすことができるように段取りをたて、


しかも効率よく動くことを考えて30数年過ごしました。



◆その結果、いま、どうなったでしょうか。



仕事は、そこそここなせるようにはなったのでしょう。



効率もまあまあ上がっているし、


それなりの役割を果たしていると勝手に思っています。



しかし、ここに至るまでに忘れてきてしまったことがあるということがよく頭に浮かびます。



◆それは、そのときそのときの時間を味わうということです。



忙しい時は忙しく立ち働くのは当たり前ですが、


そのペースをいつ何時も変えず、


心は走り続けていたように思うのです。



のんびりしていいときなのに、


「何をしていいのか思い浮かばない」


「ゆったりした時間なのにそれに飽きてきてしまう」


「ゆっくりしていると不安を感じる」


など、落ち着いた時間を味わいきれていない傾向がはっきりしています。



◆時間をコンパクトに使うことにいそしんだ結果、


友人や家族と落ち着いてゆったり過ごす機会をもたなかったことに気づき、


修正しようといま思い始めています。



いま自分で自分にストップをかけて気持ちをコントロールしないと、


結局味わいのない、せわしない一生になってしまうような気がしてなりません。



      北尾 吉孝  著

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【気づき1999】〔心のもち様も、各論だけでなく総論をおさえるべし〕
2017 / 08 / 07 ( Mon )





◆サッカーというスポーツはそうそう点数が入るスポーツではありません。



Jリーグの試合では、ぜいぜい入って3点くらいのものです。



それだけに、1点入るということは、


戦っている両チームにとってそれだけ大きな意味をもつことになります。



◆点をとった側にとっては「慢心しない」「守りにはいらない」ことが重要になります。



一方、点を取られた側にとっては、


「焦らない」「雑な攻め方をしない」という意味合いでの平常心が求められます。



チーム全体でその気持ちをどれだけ共有できるかが、


持続できるかが勝敗を分けるカギになります。



◆そういう意味で、


選手にも精神修養というものが必要であることは間違いのないことです。



今風の言い方をすれば、


「メンタルトレーニングが必要である」という言い方になるのでしょうか。



◆このサッカーの試合においての選手のメンタルの持ち方という課題は、


厳密に言うと、宗教における修行と相通じるものがあります。



もし、精神修養をめざすのであれば、宗派は関係なく、


「平常心を維持する」という各論だけでなく、


1つの宗派の総論的な考えを学ぶことが身になるのではないかとしみじみ思うのです。



◆たとえば、曹洞宗の開祖である道元の教えは、


「修業と悟りは1つのもので、丸い円のようにつながっている。

悟っても終わりではなく、修業と悟りの連関は果てることなく繰り返される」


というものです。



この考えをもとに「メンタルをどう維持するか」ということを考えてみますと、


メンタルトレーニングというものはある限られた時間内で完結することはなく、


生きている間中続くものであるという視点が必要であると思えてくるのです。



      北尾 吉孝  著

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【気づき1998】〔心軽やかで、心も磨く生き方〕
2017 / 08 / 06 ( Sun )





◆経営者に限らず、


リーダーと呼ばれる立場に求められる要素というものはあるのでしょう。



リーダーとは会社の役職についている人だけのことを言うのではないのですから、


自分のひとつの引き出しとして学ぶことは、


生きていくうえで大きなメリットになります。



◆安岡正篤氏は、4点挙げておられます。



①しっかりとした「志」と「礼」を持つ、


②全ての責任を自らに帰す、


③直観力を養成する、


④人間的魅力を高める



このようなことを実践している人が身の回りにいるとしたら非常に幸運なことです。



そういう方の存在に感謝して、学ばせてもらい、励みにさせていただくことができます。



◆基本的に、学ぶということは習慣になるまでには覚悟や孤独を伴います。



しかし、考え抜かれ、洗練されたエッセンスを学ぶことは


人生に大いなるプラスをもたらします。



自分が悩み、考えあぐねていることにヒントをくれます。



心が開かれてくる瞬間を、生活(人生)の局面に応じて経験させてもくれます。



◆そのようなメリットを享受するためには、


自分も考え抜くことが必要となるのでしょう。



考えないばかりに、


またそれ以前に課題にしっかり向きあわないことにより、


解決の糸口をつかめないまま時間を過ごすことになります。



そのぶん、不必要な負荷を自らにかけることになります。



◆向き合う、学ぶ、考えるということがないままに、


心を軽くしたり、心を磨くということはできないことは当然なことかもしれません。



      北尾 吉孝  著

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【気づき1997】〔品格が備わる条件〕
2017 / 08 / 05 ( Sat )





◆「自分は一番まともで、一番常識的だ」と多くの人が思っています。



しかも、「それがもしかしたら見当違いかもしれない」などと振り返ることもありません。



何の疑念もなく、「自分が一番ふつうだ」と思っているのです。



◆そのように自分だけが感じているのは自由です。



しかし、その思い方が周りの人に影響を及ぼすことになると、


ときには迷惑になることもあります。



価値観を人に押し付けるような場合です。



◆品格が備わっている人とは、


人が嫌がることがどんなことかを認識しています。



人が嫌がることを言わないし、当然いやがることもしません。



また、客観的に自分のことを見ようとしますし、実際に見ることができます。



しかも、そのような感じ方,考え方が心に根付いている人なのです。



◆品格というものは突然身につくものではありませんし、


自然と身につくものでもありません。



もし品格を身につけたいのであるなら、


常に「自分がどうあるべきか」「自分はいまどうあるか」


を確認する日々を積み重ねていくしかないのではないでしょうか。



そういうあり方を修養というのでしょうか、


それがないと成就できない次元のことであるように思います。



      北尾 吉孝  著

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【気づき1996】〔仕事の悩み解決法〕
2017 / 08 / 04 ( Fri )





◆仕事に行くということは、


職場でいろいろな負荷を背負っているという見方をすることもできます。



前向きなことをするにも負荷はかかってくるのですから、


負荷をうまく受け止めないと、


つぶれてしまうことになります。



◆社会人になりたての頃は、


その負荷にどのように対応すればいいのか当然わかりません。



目の前のことに対応することを重ねていくうちに、


負荷をばねにしたり、


あるいはそれをかわすような技術や精神的な強さを身につけていきます。



◆しかし、それだけでは、経験をある程度積み重ねたあとに行き詰ってしまいます。



その状況を打開する新たな視点が必要となってきます。



◆東洋哲学では、


「其の位に素して行い、其の外を願わず」(『中庸』)


という考えが正しいということが根本になっているようです。



つまり、


「自分のおかれた環境において、自分のできることに最善を尽くし、他の環境を願わない」


という考え方です。



◆さらには、


「天を楽しみ命を知る、故に憂えず」(『易経』)という考えもあります。



「天命を知ると、過信することはなく、傲慢にもならない。そこには無意味な悩みはない」


という意味合いです。



◆「自分の役割を知り、それを徹底すること」が、


世のためになり、また自分のためにもなるようです。



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【気づき1965】〔自信がおごりにかわるとき〕
2017 / 08 / 03 ( Thu )





◆事情がわからないとき、


人いうものは様子をうかがうことに専念し、


それ以外の余裕がなくなります。



結果的に、控えめでいるしかなくなります。



しかし、ある程度事情がわかってくると、


状況にそって判断がつき、実行する権限も付与され、


行動に移すことができるのです。



これは、自信となって自覚されるわけです。



◆しかも、この自信がついた時点以降、


自分の裁量で判断し、実行をし、


しかもそれがうまくいき続けると、


人というものは不思議なもので、


すこし「いい気」になってしまいます。



いい意味で勢いがつくのですが、


強気になり、それが行き過ぎてしまうと横柄になってしまうのです。



◆自信がおごりに変わるとすれば、


この「事情が分からない」と思っているときから


「事情を覚えた」と思えるようになった、


この期間にあることは間違いありません。



そこで、この間に、おごりはないかを自問することが肝心となるのです。



◆これができなければ、修正することなく突き進むしかありません。



そのときには、当人に起こった「自信→おごり」の変化を


当然のことながら周りが感じ始めます。



それが長引けば長引くほど、


当人にとってはマイナスを積み重ねることになるのです。



「おごれる者は久しからず」です。



やはり、早めに気づいた方がいいです。



周りの人はなかなか言わないものです。



自分で気づくしかありません。



      北尾 吉孝  著

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【気づき1994】〔裏表のある人の事情〕
2017 / 08 / 02 ( Wed )





◆組織の上位に向かってはさわやかな笑顔を向け、


下位の者に向かっては高圧的で嫌味を言うようなスタンスを取る人が


実際にいます。



そういうあり方をしていることは周りの人にははっきりわかることです。



その事実が自分のためにプラスとなるかマイナスとなるかは


長い目で見たらはっきりしていると思うのですが、


そういう状態を続けるのはどうしてなのでしょうか。



◆冷静に考えると、


上位に対してさわやかな笑顔で接するということは、


自分を大切にしたいと思っているということでしょう。



つまり、自分を守っているという意味なのでしょう。



また、下位に対して高圧的であるのは、


人の優位に立ち、自分が安心できる立場を維持したいと願っているからでしょう。



◆ここで考えます。



裏表のある人とそうでない人の違いは何なのでしょうか。



裏表のある人は、


自分を大切にすることを優先し、


すぐ目の前の上位者だけに注意を向けています。



それよりさらに上位の、たとえば神の存在を念頭に置いていない状態だと言えます。



裏表のない人は、


心情的に裏表という差をつけたくないという精神の下に生きており、


無意識のうちにでも先祖や神のような存在を想定し己を持しているのかもしれません。



◆多少きつい時期があったとしても、


己を持したほうがつまらないことに左右されない生き方ができるはずです。



しかし、皆がそういうスタンスをとらないところに、


人間の弱さ,ずるさが出ているのでしょう。



      北尾 吉孝  著

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