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【気づき2354】〔道を譲ってもらったときに、挨拶をする意味〕
2018 / 07 / 28 ( Sat )





◆狭い歩道を歩いているときに、


自転車がこちらに向かってくるようなタイミングのときがあります。



しかも、自転車が上り道であったら、


こちらは幅の少し広ところで少し立ち止まって道を譲るようなことがあります。



◆このような状況で、何の挨拶もしないで通り過ぎる自転車がけっこういます。



そのときに、気分を害するのはこちらのレベルが低いからですが、


先日同じようなことを経験したときに、ふと思いました。



「こういうときに挨拶するのは礼儀であるとは思うが、礼儀に留まる話ではない」


「挨拶をするのは、人生をうまく、豊かに生きるために必要な技術ではないか」



◆基本的に人は社会的な生き物といわれているように、


共同で生きるものであり、また協働で生きる面もあります。



自分の生活の一部を誰かに支えてもらっているのは明らかです。



ということは、調和をしないとしても、


少なくとも周囲の人とうまく付き合っていくことが、


生きていく上で大切にしなければならない基本的な信条になるべきなのです。



◆そのことを見失っても、命を失うほど厳しいペナルティを受けはしません。



しかし、そのような観点がないまま、


甘い感覚で生き続けていける保証はどこにもありません。



社会情勢の変化、天変地異など、


身の回りの環境が激変するきっかけはあるのです。



◆「道の行き来のことぐらいで・・・」ですめばいいのですが、


その考えが気持ちの中にしっかり根付いてしまっていたら、


一事が万事同じ対応になり、


自ら不利益になる可能性があることを気にしておくべきではないでしょうか。



      和田 秀樹 著  

         →  自分は自分人は人 争わない「生き方」



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