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【気づき2935】〔コミュニケーションとは、言葉をただ投げるだけのことではない〕
2020 / 02 / 29 ( Sat )






◆コミュニケーションは大切であることは間違いのないことです。



しかし、面と向かって言葉で伝える場合には、


人と人が向き合うという要素が入ります。



文書やメールでの情報交換とは違う要素が


そこにあることを意識しておかなければなりません。



相手があるということは、


相手が話を受け取れる状況かどうかを


考慮することが当然求められます。



◆また、相手の気持ちのありどころを探らず、


自分の言葉が相手にどのような思いを引き起こすかを考えないと


うまくいかないのは自然なことです。



コミュニケーションとはやり取りですから、


そのやり取りのなかで話し手が話すことを


聞き手が聞き取って理解するというプロセスです。



送り手が言い放つという姿勢であれば、


それは思いを一方的に吐き出す自己満足な行為になり、


コミュニケーションとは言えなくなります。



◆情報を伝える手段は、


電話、ファックス、メモ、メール、会話などいくつかあります。



その中でも、同じ場所にいる人同士が伝達するときには


その際の注意点をきちんと把握しておかなければなりません。



◆コミュニケーションは大事です、


と率先して言わなければならない立場の人が、


自分本位な伝え方をしていたら


それはコミュニケーションではなくパワハラにもなります。



コミュニケーションとは相手があってのことですから、


独りよがりではすまないのです。



極端な例ですが、


部下が上司に対して心を閉ざしている場合、


上司が「コミュニケーションを取りましょう」などと安易に言うだけで


コミュニケーションの効率が落ちることもあるのです。



          苫米地 英人  著


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【気づき2934】〔新型コロナウイルスによる感染症が、なぜパンデミックと表現されないのか〕
2020 / 02 / 28 ( Fri )






◆正常性バイアスという、心理学での概念があります。



予期しない事態にみまわれたときに、


「こんなことはありえない」という先入観や偏見が働き、


物事を正常の範囲だと自動的に認識しようとする


心の働きのことをいいます。



◆昨年の秋の台風19号においても、


「まだ大丈夫」「これくらいは大丈夫」


という思いに左右された方が大勢いました。



避難したほうが安心という状態を越えて自宅に留まったために


命を落とした方が多数に上ったのです。



◆この2月、新型コロナウイルスという感染症の蔓延が


世界を脅かしています。



WHOはこの感性症の蔓延を


この期に及んでもパンデミックととらえようとはしていません。



しかし、パンデミックとは何らかの病気、特に感染症が、


ある国の中あるいは国境を越えて世界中で流行することです。



今の状況をパンデミックと判断しないことこそ、


典型的な正常性バイアスというほかはありません。



◆そんな状況のなかで、


公立幼稚園、小学校、中学校の臨時休校の提言が国からなされました。



そしてその際、


それを批判的にとらえた都道府県の責任者、市中の一般人がおり、


それをそのまま報道するマスコミも存在しました。



その有様を見ていると、


その状況自体が正常性バイアスに左右された


人間の特性をあからさまにしている情景であるように見えました。



ここでも、正常バイアスを乗り越えることができていません。



◆もし、人の命を守る、


その結果、自分や自分の身内の命を守るという視点があるとしたら、


自分たちの日常で困ったこと以上に、


社会とか国とか世界での不具合についての言及があってしかるべきです。



◆今のような非常事態を乗り越えるためには、


正常性バイアスを乗りこえる見識や度量こそが


必要であることを強く感じます。



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【気づき2933】〔『苦労を買ってでもする』は今も通用するか〕
2020 / 02 / 27 ( Thu )






◆役職を受けない若者が増えているということを聞きます。



自分の時間を確保することを優先することがその理由の1つのようです。



しかし、自由な時間が必要なこともわかりますが、


その時間が自分の能力を高めるものでないと、


将来自分が困ることになるかもしれないことを


考えてもいいように思います。



◆実際に役職に選ばれることとは別に、


役職に選出されるような知識や判断力を身につけることが


その人の売りになります。



そのような力は、俗な言い方をすると、飯のタネであるわけです。



その力は、体験せずにシュミレーションだけで獲得できるものではありません。



◆人のキャパというものは、どのようにしたら大きくなるものでしょうか。



生身の人間が能力を身につけるためには、


やはり考え抜くことや、何度も繰り返すことは避けられません。



質の高い情報に数多く触れ、


その情報に基づき判断する機会を増やすことが力になります。



また、そのなかで精神的なタフさを身につけることもできます。



◆一皮むけるためには、


少しは負担になる程度の負荷を背負い、


それをクリアしていくことで達成されます。



そのプロセスのなかで、


負荷を抱えたままでも気持ちを維持したり、


切り替えたり、また工夫するという度量も身についてくるものです。



◆「若いうちは、買ってでも苦労しろ」という言葉は、


今もって人生の先輩たちの貴重なアドバイスであると思います。



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【気づき2932】〔新型コロナウイルスが教えてくれていること〕
2020 / 02 / 26 ( Wed )






◆新型コロナウイルスの感染が


国内での広がりを見せていることにより、


日本も厳戒体制に入ったといえます。



政府が言うように、


この1~2週間の国民の動き方によって、


これから先感染が爆発的に広まるか、


それとも収束に向かうかが分かれることは


感覚的に理解できるところです。



◆スポーツの試合、コンサートなど各種イベントが


軒並み中止、延期、縮小されています。



また、旅行に出かけることも


控えざるを得ない状況も迎えています。



これまでにない臨時の休校が実施されたりしています。



◆この事態をどう受け止めたらいいのでしょうか。



中国で壊滅的な打撃を受け、世界の経済に悪影響が及び、


日本の中小企業も倒産まで秒読み段階に入っています。



人の命も多く奪われています。



ここで少し立ち止まって、


この約20年を見つめ直す機会にしてもいいのではないかと思うのです。



◆ここ20年ほどは、急速な技術革新やグローバル化によって、


遠く離れた国同士であっても大きく影響し合うようになりました。



政治、経済、文化、どの分野においても


その表現が当てはまるほどです。



特に世界をリードする勢いをもつ米中の精力的な主権争いが


休むことなく続いています。



それに引きずられ、米中以外の国のいくつかが、


休むことなく体制変換や新体制の構築に


明け暮れているようにも見えます。



◆そこにコロナウイルスの登場です。



科学的ではない見地ですが、


新型コロナウイルスにより、


地球規模でのあり方を見直す機会が与えられているように思うのです。



民族が生き残るためのいがみ合いが起こるのも自然ですが、


一体的になったこの地球では、


勢力の大きな民族がいったんいがみ合い始めると、


決着がつくまでその争いは続き、


影響は全世界に及びます。



地球全体が休む間がなくなるように思います。



◆そんな地球で、


これまでとは違うバランスの取り方を学ばないと、


人類全体が疲れ果ててしまいます。



感染症蔓延という人の命に影響のある事態ですが、


これまでとは違う価値観を得るための


チャンスとして捉えないと先はないように感じます。



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【気づき2931】〔毎日のペースを守るために確認しておきたいこと〕
2020 / 02 / 25 ( Tue )






◆体調は悪くないけれども気持ちが低調であるということは、


時にはあるものです。



そういうことを経験したことがないという人に出会ったこともありますが、


そういう人はやはりちょっと特別な能力の持ち主なのです。



◆気持ちが乗らないときは無理に動かないで、


いつもよりは少しペースを落としても


いいタイミングであるのはないかと思います。



ただ、いつまで休んで、


どういうタイミングで始動したらいいのかの目安は


自分で見つけておくことが必要です。



◆休むことは当然大事です。



その休みが、


同じ調子を維持するためにうまく組み込むことができたらベストです。



こういうことを考えるときに意識したほうが良いと思う点があります。



それは、休んでいるときと活動しているときの落差が大きくなると、


活動を再開する際のエネルギーが必要になり効率が悪いということです。



スムーズな生活のリズムを作り出すためには、


この始動時にスムーズに動き始められることは


大きなポイントになるのではないでしょうか。



◆ちょっと休んですぐ動き出す、これが理想です。



しかし、それがうまくいかないと感じた時には、


動けると感じた時からすぐに


身の回りの片付け(掃除)をすることが有効です。



とくに、ふだん気にしていなかった、


いらない物や書類の整理をすることで


気持ちもすっきりしてくるのですから不思議です。



◆ペースを徐々に元にもどすきっかけとして、


片付けをするということを


手帳のどこかに書いておいてもいいのかもしれません。



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【気づき2930】〔『疲れたら休む』を実行しているか〕
2020 / 02 / 24 ( Mon )






◆オリンピックの候補になる選手にも、


当然のことながらスランプはあるようです。



そのときに練習をしないでいることは、


当人にとっては非常に厳しい選択のようです。



なぜなら、「練習をしたくない」という思いのなかで


練習を続けることはつらいことですが、


練習をしないことはライバルに後れを取るという思いも働くからです。



◆本来「やりたい」で始めたことも


「やらなくてはならない」というレベルで戦っている人たちは、


そのやりたいことが重荷になってしまうこともあるということです。



そこから離れたいと思うことがあるということです。



◆常識的な思い方からすると、


「疲れたら休む」「嫌にやったら、いったん離れる」


ということは自然なことです。



しかし、極めている人たちからすると、


それが命取りになると思うほど大きなことになるのですから大変です。



◆極める立場でありながら、


時間の使い方や気持ちの持ち方に緩急をつけることができたら


それは素晴らしいことであると思います。



それは、凡人の目から見てもそう思います。



それを考えるならば、


凡人はもっと自由に生活に緩急をつけることができるはずです。



それをやらない、あるいはやることができない


ということはおかしいということになります。



理屈で考えたレベルの話ではありますが。



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【気づき2929】〔昔から、子供は社会の宝物〕
2020 / 02 / 23 ( Sun )






◆昨年野田市で虐待により死亡したとされる小学生の、


自分あての手紙を新聞で読みました。



小学4年生の子が、


「未来のあなたを見たいです。あきらめないでください。」


という切ない思いを文字にしています。



そこには、大人からのひどい仕打ちがありました。



その事実を知っていても手出ししない大人もいました。



◆また、神戸の児童相談所のエピソードが報道されました。



小学6年生の女児が朝の3時半に児童相談所を訪ねたのに、


警察に行くようにと職員が追い返したというのです。



子供の権利、命を守るという特別な役割を担っている施設の対応です。



あってはならないことです。



タイミングが悪ければ


幼い命が奪われることにつながったかもしれないのです。



◆子供には見えないかもしれませんが、


大人も必死に生きていることは事実です。



しかし、大人は知恵や経験を積み、


対処の仕方や逃げ道を知っています。



大人が子供を包んであげることが


明るい社会につながることは間違いのないことです。



◆昔はよその子が悪いことをしたり危ないことをしていたら、


誰彼となく大人は注意してくれました。



今の時代、自分の子供が悪さをしていたとしても、


他人に注意されると文句を言う親もいるようです。



だから、他人様のことには口出ししないという風潮になっています。



しかし、子供が苦しむことを放置すると、


幼い子がつらい目に合うことになるのです。



◆そのようなときに大人が手を差し伸べてくれることは


子供にとっては最大の助け舟なのです。



また、その時の大人の思いは、


無償の思いやりに基づくものなのです。



そこで生まれる当人や周りの人の感謝の気持ちは、


非常に大きな愛のエネルギーとなって


社会を明るく照らす力になると信じます。



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【気づき2928】〔好循環の中で過ごすためのヒント〕
2020 / 02 / 22 ( Sat )






◆やるべきことが突然いくつも降ってわいたように


重なる日があるものです。



逆に、自分のペースでじっくり仕事に向き合える日もあります。



もし、その目まぐるしい日々が続くとしたら、


ケースによっては時間の過ごし方を


根本的に再考しなければなりません。



◆まじめに日々を過ごす中でマイペースの日が巡ってきたら、


その時にペースを落としすぎないように自分に言い聞かせ、


箇条書きにでもしているリストを眺め、


やるべきことを1つ1つ順番にこなすことが賢明です。



その実践が、以後訪れる目まぐるしい日の激しさを


緩和することにつながることは明らかです。



◆「転ばぬ先の杖」という言葉は、


「失敗がないように前もって準備をしておく」という意味です。



この語は、社会人にとっては、


やるべきことの量やそれに伴う気持ちの負担を


平準化するという意味に理解してもいいと思います。



◆マイペースで居られることにより、


自分の周りの様子を感じ取りながら過ごせます。



失敗あるいは怪我も避けられる可能性が高くなり、


不慮の能率低下に悩む可能性を低下させられます。



また、抜け落ちていることがないかを確認したり、


考える時間をもつこともでき、


効率化やさらなる発展につなげることができます。



◆自分の仕事のペースを平準化させることができたら理想的ですが、


なかなかむずかしいことでもあります。



しかし、自分がどのようにあるかを意識し、


どういうスタンスで毎日を送るかで変わる面もあります。



まずは、現状を意識することから始まります。



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【気づき2927】〔肩こりの原因の一考察〕
2020 / 02 / 21 ( Fri )






◆肩こりは日本特有の症状とよく言いますが、


日本以外の国にもあるようです。



肩こりが日本に多いというイメージには、


床に座る文化、通勤の過酷さ、


それから骨格や筋肉という条件も関係するのでしょう。



また、勤務時間の長さや


細かいことをやり抜こうとする生真面目さも影響していると思います。



◆また、「肩がこる」という体の症状は、直接的には、


同じ姿勢を続けるというような生理的な要因も影響していると思います。



それを成立させている思い方をしていることを確認し、


対応の仕方を設定していかないと状況は変わりません。



◆パワハラにより自殺者が出たことが新聞で大きく報道されて以来、


働き方改革ということが言われ始めました。



そんな悲惨な事件をきっかけにしないと


事が動かないのも非常につらいことではあります。



でも、そんなことにでもならない限り、


変革がもたらされる可能性が


低いという国民性が影響しているとしたら、


そこから抜け出す思い方が必要になるのかもしれません。



◆国民性という観点から思い浮かぶ要因の1つは、


職場での業務分担が曖昧なことだと思います。



それぞれが担当する業務分担が


整理されていないからだと思います。



外国と日本の会社の大きな違いの一つに、


やるべき仕事が明確化されていないということは


以前より言われています。



結局、仕事の区切りがないということが、


気持ちの区切りをつけることを


難しくしていることは間違いのないことです。



区切りがない結果、


仕事をすっきり仕上げたという達成感を


味わうことがいつまでたってもできません。



しかも、上司が「これをやって」「これもやって」と


不意に仕事の範囲を広げるようなこともあるので、


「終わりが見えない負担」を常に強いられているように感じます。



◆働き方改革、人手不足という悪い条件の中下にあるから


今はそういうことを考えられないのではなく、


そういう状況であるからこそ、


効率を上げるという観点から、


曖昧なところを明確化するチャンスを迎えていると


考えることが道を開くのではないでしょうか。



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【気づき2926】〔コミュニケーションには人間形成も大事〕
2020 / 02 / 20 ( Thu )






◆コミュニケーションを円滑にするうえで、


雑談もその一役を担うと思います。



雑談といえども、人と人が言葉を交わしますし、


情報の交換をすることもあります。



それがきっかけで、


後に起こったかもしれない支障を


事前に取り除くことにつながることもあります。



◆しかし、雑談は、


伝えるべきことを伝えるということがなされている上での


おまけの部分です。



必要な情報交換がなされていることが大前提です。



そこがないのに雑談だけをしていると、


結局、肝心なことはしない人というレッテルを


はられるだけになります。



しかも、雑談と戯言(ざれごと)の境目も意識する必要があります。



◆コミュニケーションをうまく取るためには、


人と人が向き合うことがいうことが必要になります。



仕事上必要であるならば、対面であろうが、メールのやりとりであろうが、


どんな相手であっても伝えるべきことを伝えるという原則を外してはいけません。



しかし、向き合いたくない人とコミュニケーションを取る際は、


通常のときよりも神経を使うことになります。



その結果、必要なことが抜け落ちることがあります。



◆特に、信用していない人と向き合う際は、


その傾向がより鮮明になるように感じます。



たとえば、身近によくいるのは、


「自分の価値観を押し通し、人の考えを取り入れようとしない」


あるいは、


「自分に意見する人を遠ざける」人たちです。



向き合いたくないという思いが先に立ってしまったら、


十分な情報交換ができないということになるのです。



◆こう考えると、コミュニケーションをしっかりとるためには、


伝えるべきことを伝えることだけでは事が足りず、


目に見えない信頼関係も影響していることになります。



しっかりコミュニケーションを取れるようになるためには、


人間形成も大事ということにつながります。



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【気づき2925】〔人がやるべきことを、自分が肩代わりすることは損なことか〕
2020 / 02 / 19 ( Wed )






◆仕事の上では、


それぞれが何をやるべきかということがある程度決まっているものです。



それをやり抜くことがその組織の中での評価を左右することになります。



しかし、実際のところ、それをやり切れない人がいます。



また、やらない人もいるのが実状です。



そういうことが起こった場合、


その人たちの近くにいる人がそれを片付ける羽目になるのです。



◆その原因をつくっているのが直属の上司であったりすると、


腹立たしくなるのも自然なことです。



「人の上に立っているんだから、最低限自分のことぐらい自分でやれ」


と思うものです。



もし、職場での関係でなかったら、


おそらくフォローしないであろうと思うことでしょう。



◆ここで、気持ちを落ち着けて、


冷静に思い起こしていただきたいことがあります。



それは、


「身の回りに居るすべての人が、


自分でやるべきことをきっちりと自分でやっていますか」


ということです。



プライベートで、


やるべきことをやらない人とは


長くお付き合いが続くことはあまりないと思います。



しかし、それが職場であったとしたらつき合うしかないのです。



◆これは実に不幸なことではあります。



ただし、そういう人とつき合わなければならない境遇も、


実は少しのプラスを含んでいることに注目していいと思います。



たとえば、上司がきっちりその人の仕事をしていたら、


上司がどんな仕事をしているのかを知ることはできません。



しかし、その上司が自分のやるべきことができず


部下にその仕事の一部をやってもらわなければならないとき、


部下は初めて上司の仕事の内容に触れ、


その内容を確認することができるのです。



その仕事を「余分なことをやらされている」「面倒」と思うか、


「こんな仕事もあるのか」


「働いている組織のなかでこんなデータを一部上役で共有していたのか」


と思うかで、


そこに大きな差ができるとは思いませんか。



◆ただ腹を立てるよりも、


目の前の課題を解決することに専念し、


自分の知識や精神的タフさの幅を


広げるというスタンスもありではないでしょうか。



「自分で考えられることだけでは自分の幅は広がらない」


という思い方もあっていいのではないでしょうか。



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【気づき2924】〔離れた親への思い、そして具体的な対応〕
2020 / 02 / 18 ( Tue )






◆約500キロ離れたところに、高齢の母親が一人で暮らしています。



一人で居るため、当人の体調に変化があってもすぐには対応できません。



SECOMに入っていようとも、


湯量変化をメールで送ってくれるポットがあっても、


当人がどうしているのかを確認できない限り動きようがありません。



◆本人の許可を得て、


カメラなどで家の中の様子を見ることができたとしたら、


対応できる確率は多少はあがります。



しかし、家の中のいたるところにカメラを設置しないと


状態を把握しきれるものではないこともはっきりしています。



◆本人に「できる限り、一人で暮らしたい」「思ったように行動したい」


という意思があれば、当然それを無視することはできません。



無視する気もありません。



認知能力も年相応であり、


しかも自力で買い物に行けるレベルであり、


知り合いも町中にいる場合に、


そこを離れるように言うことは


当人にとってつらいことでもあるし不利益でもあります。



◆理想的な対応策は、そばに誰かに居てもらうことです。



息子の私でもいいわけです。



介護離職という言葉が非常に身近に感じられる現実の中に今います。



しかし、離職が叶わないのであれば、


息子の近くに転居することを決心してくれる時が来るのを待ち、


その間、時々様子を見に行くしかありません。



◆「何かあったときにすぐに対応できないことが心配である」


ということを親に伝えると、


「私は十分生きた。悔いはない。可能なら、ひ孫の顔をみたい。

でも、それもおまけや」という答えです。



つらい別れはしたくないと息子は願うのですが、


結局、覚悟を決めるしかないようです。



良いタイミングを授かるように祈るだけです。



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【気づき2923】〔感覚的であるがゆえ、忘れてしまっていることはないか〕
2020 / 02 / 17 ( Mon )






◆職場でちょっとした力仕事を頼まされた際に、


ふいに「ちょうどいい腹ごなしになる」という言葉が頭の中に浮かびました。



そのときに、「『腹ごなし』って、食べた後に動くことだよな?」


とあらためて思ったのです。



「腹ごなし」という言葉が、お腹がすいているときの状態か、


それとも食べた後のことであるかがはっきりわからなかったのです。



◆漢字についても同じような曖昧さがあります。



しっかり練習せずに感覚で書いていた字は、


歳を重ねたときに


いざ書いてみようとするとしっかり書けなかったりします。



特に今はスマホやパソコン頼りになっているので、


その傾向がよりはっきりしているのではないかと思います。



◆いい年になってもなんとなく感覚的にしかつかんでいない知識が、


けっこうあります。



そのままここまできてしまったのです。



つまり、若いころに感覚的にしか理解していないまま放置すると、


時間を空けたときにはその感覚が薄れてさらに理解が曖昧になります。



もともとしっかり把握していることも忘れてしまうのですから、


時々思い出したり確認しないと


知識がぼやけてしまうことは当たり前の話なのです。



◆言葉に対してそんなぼんやりした感覚でいることに思い至ると、


このぼんやりした感覚は言葉に対してだけではないことに気づきます。



とくに、人とつき合う時の気持ちも同じであるように感じたのです。



人との付き合いはもともと感覚的なものではあるのでしょうが、


家族にしても友人にしてもなんとなく今までの流れでつき合っていて、


相手のことをあらためて思い直すことがないことに気づいたのです。



◆もし、気づかないうちにつき合い方がぞんざいになっていたとしたら、


関係の改善などはないでしょうし、


つき合いの中身も


薄っぺらのままである可能性もあるのではないかとも思います。



そう考えてみると、あらためて今、


周りの人とのつき合い方を見返すことは少し怖い気もします。



◆この感じ方は、もしかしたら飛躍しているのかもしれません。



しかし、わたし個人は、


「60歳を目前にひかえている時期になったからこそ

気づいたことなのかもしれない」


と捉えて、冷静に、謙虚に振り返ってみようと思います。



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【気づき2922】〔組織を去り、新たな自分を生きる〕
2020 / 02 / 16 ( Sun )






◆会社の経営者は、会社を存続させることを軸に据えると、


自らの去就については


あっさりとは決められない気持ちになるのでしょう。



なぜなら、自分が働いてきた場をなくすことは受け入れがたいでしょうし、


社員の生活や人生に大きな影響を与えてしまうことを考えてしまうからです。



◆経営者でないとしても、


組織のなかには経営の上で重要な役割をはたしてきた人がいます。



そのような立場の人は、


例えば定年という組織内の規律により区切り目を迎えた際に、


どう考え、どのように決断を下すものなのでしょうか。



◆仕事の上で自分がある期間居た場所に、


愛着を感じるのは情のある人間としては通常のことです。



しかも、慣れ親しんだ人、風景、それに時間の使い方など、


居た場所を離れると、


すべての事情が目の前から消えてしまうような一大事を迎えるのです。



◆組織への愛着だけでなく、責任を感じる人もいることでしょう。



しかし、割り切って考えると、


自分が居なくなることにより自分の果たした役割を引き継ぐ人が現れます。



その人の人格、能力等により、


それまでとは違う状況を迎えることにより、


組織全体が新たな展開を迎えることもできるのです。



◆それまで組織を支えてきた人は、


愛着ゆえ、組織の行方を心配する気持ちになります。



しかし、組織はそれなりに変化しながら、ある程度存続するものです。



去る者は去るまでに精力を傾けたのちは、


人生の終盤に向けての


最後のリスタートを気持ちよく開始することに専念するほうが、


丸く収まるように思います。



◆そうは言っても、


「仕事を辞めたら食っていけるのか」ということも気にかかります。



その点については、あらためて確認したほうがいい考えにたどり着きます。



つまり、原始時代には、食料を備蓄する知恵も技術もなく、


気候などの変化ですぐに生死を迎えていた人類の記憶があります。



それに打ち勝って生き延びるために、


人の遺伝子には食べられなくことをおそれる特質が刻み込まれたというのです。



しかし、今の世で、今の日本では、そんなことにはなりません。



決断して飛び込んでみたら、そのスタンスの中では、


飛び込む前には考えつかなかった事実や選択肢を知り、


全く違った展開を迎えられることになるのです。



◆せっかくリセットできるタイミングを迎えたらのなら、


すぱっとリスタートをして、それまでになかった、


あるいはそれまでとは違った気の持ち様のなかで、


引き締まった時間を過ごす事態を迎えることが


理想ではないでしょうか。



          苫米地 英人  著


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【気づき2921】〔『ストレスなく思ったように生きられ、しかも金持ちになるのは可能か〕
2020 / 02 / 15 ( Sat )






◆目が覚めてコンピュータのスイッチを入れ、


ポータルサイトに目を通したら、


「『お金持ち』になれるたった1つの条件」というタイトルが目につきました。



物事をうまく進める条件ついての記述であることは間違いないと考え、


読んでみました。



◆その極意は、「シンプルに生きる」というもの。



・「目的を達成するには、どこを押さえればいいか?」


というポイントにフォーカスする。


それ以外の瑣末な事柄は思い切って捨て、ToDoの数を減らす。

 → 仕事も人生も、もっと余裕が生まれる。もっと楽しめるようになる。



・他人の言動にいちいち目くじらを立てない。

   → 考える必要のないことは考えない。



・「人生楽勝」「別に命まではとられるわけじゃないし」と考える。

 → その利点は以下。


※「人生は甘くない」と考える。⇒複雑で難しいものが価値あると捉える

⇒忍耐やら我慢が尊いことになり、人生が窮屈になる。

⇒リスクに囚われずに挑戦できる。

失敗したことも引きずることなくすぐ忘れ、良かったことだけ覚えている。

⇒ますます挑戦体質になる。ストレスも溜まらない。

⇒より変化に強い生き方になる。



◆好循環のなかに身を置いたら、事態は自然にいい方向に向かいます。



その中に身を置くためには、必要な条件があるはずです。



その実現のために、自分の時間の使い方、お金の使い方、


人とのつきあい方、仕事の処理の仕方において、


具体的にどうすることがいいのかを確認し、


常に意識にし、修正し続けることが必要です。



これは金持ちになるためというよりも、


不必要なことを背負わず、


しかも自分の思うように生きられる条件ということになります。



その結果、金持ちにつながることもあると考えたほうがいいのでしょう。



◆人生、悪循環のときもありますが、


意識して好循環に身を置くこともできるはずです。



ただし、それを、


どこまで、「信じて」、「愚直に」しかも「継続」できるかが


鍵ではないでしょうか。



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【気づき2920】〔人前で足を組むということ〕
2020 / 02 / 14 ( Fri )






◆電車の中で足を組んでいる人を時々見かけます。



足を組むと、


組んだ人の足が通路にせり出すので通行の妨げになりますし、


混んでいる場合、前に立っている人の邪魔になります。



◆そういう場面を見ているからか、


「足を組むことは礼儀を守っていない」というイメージと直結してしまいます。



しかし、冷静に考えれば、


場所によってあり方を変えればいいのですから、


礼儀正しくないと決めつけてしまうことも問題があります。



◆ここまで考えてきて、思うことがあります。



自分は足が短く太いゆえに、


足を組むという習慣がありませんでしたが、


そもそも人はなんで足を組むのでしょうか。



これまで気にしたことがなかったのですが、


ふと気づいたのでネットで大まかに情報を見てみました。



すると、椅子に座る習慣のある西洋の人にとっては、


咄嗟に動いて相手を攻撃できないという理由から、


足を組むということは


リラックスして相手を受け入れるという意味があるようです。



これは、戦乱の時代に常に身を守る必要のあったという


歴史的な理由によります。



◆それに対して、日本は畳やお茶で正座をする文化です。



そういう環境があるので、


足はそろえているほうが礼儀正しいと感じるというのです。



しかも、戦乱の世に相対する者がお互いに安全を確認するために


正座をするということも普通に受け入れられ、継続されたともいいます。



◆また、全く視点は違いますが、


足を組む弊害もあることにも注意が必要なようです。



足を組むことを続けていると、


骨盤がゆがみ、その歪みが固定しまうようです。



それが影響し、歳をとってからO脚になったり、


猫背、肩こり、体調不良につながることもあるようなのです。



◆足を組むことを考えることにより、


異文化の理解、自身の健康について知識が広がりました。



ちょっとしたことで知識の幅が広がってラッキーです。



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【気づき2919】〔気づいて、動ける人が勝つ〕
2020 / 02 / 13 ( Thu )






◆仕事について間もない頃は、


どのようなことをどのようにしたらいいのかがわからないものです。



しかし、そのような場面に初めて遭遇する人でも、


先輩からあまり教えられないながらもいろいろと気づき、


それをすぐさま行動に移すことができる人がいます。



また、状況を知る人に確認をして、動くことができる人がいます。



◆反面、社会人としての経験を積んでいる人でも、


感じられない、動かない、尋ねない人がいます。



結論から言うと、


そういう人は自分がそうなっていることがわからない人、


周りの人がどういう動き方をしているかを見ていない、


あるいは、見ていても自分の動き方と対比して


修正する人ではないということなのでしょう。



◆仕事の上で成長するということがどういうことかということは、


視点によっていろいろと表現の仕方はあると思います。



しかし、気づく,感じるという面での成長を除外することはできません。



この感性の部分での反応が鈍い場合は、


かなり真剣に取り組む必要があると思います。



◆自分で考えないで、


知っている人に聞くというのも


仕事をうまく進め上での一つの策ではあります。



しかし、考える余裕のある時にさえ自分で考えず、


周りに丸投げする人には応用力がつくはずもなく、


臨機応変に動くということもできません。



しかも、


課題を抱えながらその解決策を捻りだすという時間を省くと、


精神的なタフさにも欠けてしまうことにつながると思います。



◆もし、役職についていながらもそういう状態を続けたとしたら、


それはかなり早いうちに当人の不利益につながります。



逆に、どういう状況に置かれても、


自分で感じて動けるということができたら、


それはみんなができるということではないという意味で、


生き抜くための実力と言えるのではないでしょうか。



下品な言い方ですが、飯のタネとなるのではないでしょうか。



◆タフさや工夫の幅は、すぐに獲得できるものではありません。



泥臭くても、要領が悪いと人から言われようとも、


やり続け、手に入れた人の勝ちになるのです。



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【気づき2918】〔職場での議論の場での発言は、誰のためのものなのか〕
2020 / 02 / 12 ( Wed )






◆仕事の中で意見を戦わせる場合、


負けた側の立場が悪くなったり、


時には、


相手に対する意地で負けた側が組織を去ることがあります。



しかし、仕事のことを議論することでそこまでの状態を迎えるということは、


組織自体が個々の職員のフォローをしていないということにもなります。



◆また、大きな組織の場合、組織を去らないとしても、


意見の食い違いをきっかけにした複数の職員を交えた機能不全が原因で、


他事業所への異動が実施されたり、


極端な場合、出向するようなこともあるようです。



◆ここで、議論の場で意見を言う意味について考えなければなりません。



その発言は自分の思いを遂げるためのものなのでしょうか。



それとも、組織のため、組織の目標達成のためなのでしょうか。



◆発言者はそこを考えなければなりませんし、はき違えてもいけません。



しかも、発言者が組織のことを念頭に置いて発言しているのならば、


組織はきちんとフォローしなければなりません。



議論の場にいる組織の役職はその場での組織の代表であり代弁者です。



何をするかを理解できずにその場にいても意味がないこと、


またそれ以前に、


そのような役割を果たすことが理解できないのであれば


話にならないことを確認すべきです。



◆これが通らない組織がどういう組織かは、


所属する側もきちんと判断して行動すべきです。



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【気づき2917】〔定年と人手不足とわたし〕
2020 / 02 / 11 ( Tue )






◆定年という制度が適用される年齢に近くなったわたしは、


実際どのような選択をするかを具体的に考え始めました。



組織から離れる準備をすることを寂しく思う面もありますが、


もし収入のことを気にしないのでいいのならば、


新しいことを始めることができる時期を迎えているとも思います。



◆定年というのは、


決められた年齢になった時点で


自分の仕事を次の人に渡すという意味もあります。



自分が果たしていた役割を後輩に伝え、


後輩が自立することを支援することがその役割となるのでしょう。



定年制は組織の各機能を担う人を維持することと、


組織の収支面でも支出を減らして組織を存続するということを


実現するうまく考えられた仕組みであると思います。



人が変わることにより、


違う人格や考えの人が裁量を奮うことになる結果、


それまでとは違う展開を迎える可能性も出てきます。



組織のリフレッシュにもつながるということです。



◆高度成長の時は、生産年齢人口が十分いた時代です。



当時の定年制というものは、年功序列制のもと、


しかも同じ会社に長く働くということを前提にした場合に、


組織を存続するうえでなくてはならなかったのでしょう。



しかし、今の高齢化社会で、しかも人手不足という時代には、


定年の捉え方を少し変えてもいいと思います。



また、仕組み自体を変化させて、


時代に合ったものにしなければならないとも思います。



◆ある水準以上の仕事をこなすことができる人は


そんなに多くはいません。



特に中小の組織においては、


そういう人は長い年月、重要なポストに就くことになるのでしょう。



しかし、交代しないことにより新たな人材が育たないことは明らかです。



そこに、権力維持、財力確保などの私利が働いているのであれば、


その組織の継続や発展にとってプラスになることばかりではありません。



◆しかし、経験も実績もある人が現場を離れることにも


不利益があるというということも間違いのないことです。



そこで、そこをうまく取り持つ仕組みを導入する必要が出てきます。



権利欲や金銭欲をコントロールしながら、


組織のマネジメントに長けた人材の能力を補助的に発揮させる仕組みがあれば


状況は変わるのではないかと思います。



          岡田 尊司  著


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【気づき2916】〔『楽譜が読めない』わたしが、『計算ができない』自分を想像する〕
2020 / 02 / 10 ( Mon )






◆わたしは楽譜を読めません。



小学校の音楽の授業のときはまだよかった。



しかし、中学に進学し、


定期試験を受ける頃にはある不安をおぼえていました。



中学の試験の成績は各生徒の実績として蓄積され、


それが内申に反映され、


高校進学をする場合にはその合否に関わってくるからです。



◆この実利的なこと以外にも私はある思いを抱いていました。



生徒のうちの何%が楽譜を読めたかは知りません。



が、


「楽譜を読めない劣等感」「楽譜を見てもメロディを思い描けない空しさ」


をずっと感じていたのです。



◆小学校に入学すると、足し算や引き算や文字を教えてもらいます。



学年が上がるごとに、その量も増え、内容も難しくなっていきます。



もし、その途中で学ぶ機会を失うと


以後の積み重ねがうまくいかなくなることはかなりはっきりしています。



◆わたしは音楽の授業を受けるたびに


「自分にはできないことがある」という不全感を味わっていました。



もし、機会があれば学びたかったのですが、


自ら道を切り開くことはできませんでした。



この経験を今になって思い出すとき、


楽譜ではなく、読み書き計算について


同じような不全感を味わう経験をしていたら、


楽譜を読めない以上に、


不全感どころではない、劣等感、孤立感を


味わうことになるのだろうということを想像してしまいます。



◆私は教育の現場に携わってきたわけではないですが、


成長過程で当人の責任ではないところで


不利益を被っている人の手助けをするということも、


今後各種ボランティアを重ねていく中で


意識したいと思っています。



          岡田 尊司  著


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【気づき2915】〔当たり前の日常との突然の別れ〕
2020 / 02 / 09 ( Sun )






◆この15年近く平日の朝の出勤時に


毎日聞いていたラジオのパーソナリティが、


2020年2月6日から突然かわりました。



声の主はよく知られた女優さんです。



その女優の不倫が報道され、


番組を降板することになったからです。



◆その声は、番組の一コーナーの約5分を担当していました。



その声を15年も聞いていたら、それが私にとっては日常であり、


当たり前のことになっていました。



それが突然、その声を聴くことができなくなったのです。



◆芸能人は夢を売る仕事ともいわれます。



その視点から考えると、


私が受けたショックは夢を売る人がすることではないと言うこともできます。



しかし、わたしは、その女優さんを恨んだりする気にはなりません。



ただ、切なさを感じるだけのことです。



◆それは、いつもあった自分にとって大切なものが


急になくなった寂しさであり、


身近なところからいなくなったその対象の人の気持ちを


慮ったときに感じる切なさであるのです。



◆生きているうちに、


いくつかの突然の別れを経験するものだとは思います。



実際に、これまで、飼っていたペットとの別れ、引っ越しする友人との別れ、


自分が引っ越していく際の別れ、急死した親との別れなどを経験してきました。



それに加えて、今回のように普段の日常から


抜け落ちていく別れもあることをあらためて思います。



◆今回の経験を、ただ切ないだけの経験としたくはないと思います。



自分が捨てたくないことを自ら切り離さなくなることはつらいことです。



そのようなことをしないように


心して生きることを教えてもらっていると考えます。



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【気づき0207】〔人を不用意に驚かせることは、大きなマイナス〕
2020 / 02 / 08 ( Sat )






◆背後からふいに「わっ」と大きな声を出されたら、びっくりします。



その直後には、怒りの気持ちがわいてきます。



でも、


「そういうときに怒りの感情が湧き起こるのはどうしてなのか」


ということをふと思い、考えてみました。



◆驚くことがあるということは、


それを引き起こすサインがあるわけです。



それが音とか声とかであることは多いのでしょう。



そして、そのサインにより、人は身を守ろうとして、


身構えたり、気持ちに緊張が走ったりします。



とっさの反応に続いては、状況の確認にいたります。



もしそのときに身に危険が迫っていないことがわかったら、


その時点で安心します。



同時に、


その時感じた危険が誰かが意図したものであると知ったら、


そのことに対して怒りを感じます。



◆相手を不意に、しかも意味なく緊張させると、


不必要なことをさせられたことについて


怒りが起こるという原則があるのでしょう。



オオカミ少年は、


経済的な損失や身の危険を周囲に不用意に負わせました。



それに対して近隣住民が怒りを覚えたことを


思い起こすと理解しやすいのかもしれません。



◆そこで、


「不意に、意味なく緊張させる」という条件で考えると、


早とちりをしてそれを言葉にした場合や、


つい口癖で「大変です」などと言う癖があることも、


相手に怒りを覚えさせるあり方ではないかと思います。



◆何気なくしていることが相手に怒りを覚えさせているとしたら、


知らないうちに遠ざけられるポイントを積み重ねていることになります。



落ち着いて対応することがかなり大事であることは、


このような振り返りを通してもわかることです。



          岡田 尊司  著


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【気づき2913】〔雑談も、貴重なコミュニケーションのひとつ〕
2020 / 02 / 07 ( Fri )






◆コミュニケーションが大事と言います。



これは、仕事でもプライベートでも当てはまることです。



具体的には、


職場の標語でよく聞く「報連相」がいいお手本になるのでしょう。



◆また、「報告、連絡、相談」というようなお堅いことではない、


何気ない会話も立派なコミュニケーションなのです。



ふだんの会話の連続のなかで


情報交換ができている面も考慮していいのだと思います。



◆仕事の上で上司から「コミュニケーションを取るように」と言われても、


人によってはかなり大変な課題となります。



なぜなら、人によって育った環境が違いますし、


それ以前に両親からもらった遺伝子が違うのですから、


差が出るのは当然です。



◆それでもコミュニケーションは必要であるということは


間違いのないことなので、


もし練習が必要であるという場合には


常にそのことを心掛けることが大切です。



「これは伝えるべき」「こちらは、言わなくてもよい」と、


意識して確認することからすべては始まります。



◆また、雑談は、


情報交換という目的を持った会話とはかなり特徴が違ってきます。



しかし、人との関係を円滑をしながら情報交換をするという、


古来から人類の女性が担ってきた


大切な役割の継承ともいえるものなのです。



◆女性が集まると、会話が自然に続いていきます。



男性とは違う感覚です。



しかし、これは人類が


これまで生き延びてこられるために必要な機能であったのです。



もし、男性であったとしても


女性の輪の中に入って話をする機会がある人は、


自分の幅を広げられると思って


その輪に入ることは非常に貴重なことです。



          岡田 尊司  著


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【気づき2912】〔女性の部下に認められる上司の条件〕
2020 / 02 / 06 ( Thu )






◆謝らなければならないときに、


「すまない」「ごめん」ということは当然のことです。



しかし、上司が女性部下に仕事の依頼をするときに


このフレーズは使用厳禁のようです。



◆「すまないけど、この資料作成を夕方までに頼むよ。」



こう言われた女性部下の多くは、


「悪いなら頼むなよ。」と少なからず思うというのです。



女性にとって上司とは高圧的過ぎても負担ですし、


卑屈すぎても印象が悪くなるもののようです。



◆結局は、


「わたしの上司として堂々としていてくださいね。

ただし、偉そうなのは困りますし、

尊敬できる人でないと上司とは認められません。」


ということなのでしょう。



◆それでは女性の部下たちに上司として認められるためには


何が一番大事か。



それは当然、部下ができないことをやり抜く実力をもつことです。



また、部下たちが抱えきれない重圧や仕事の量をこなしきるということです。



しかも、そのうえで時間をかけて


「上司として認めてやろう」という合格点に達するまで、


部下からの見えない重圧を受け止めながら


毎日を過ごすタフさが上司には必要です。



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【気づき2911】〔『人は死ぬもの』と、すんなり思えるか〕
2020 / 02 / 05 ( Wed )






◆「歳を取る」と聞くと悪いイメージを持つ人が多いように感じます。



歳を重ねると体もたるんできますし、


髪の毛も白くなったり抜けたりします。



生き物の宿命ではある死に近づいていることを


具体的に突きつけられるからでしょう。



また、時間が経過すればするほど、


親の体調の変化を目にしたり、死別したり、


友人にも変化が訪れていることを目の当たりにします。



このような経験を通して、


さらに死に近づいていることが実感されます。



◆この実感は、時間の経過と共に自然と身に迫ってくるものです。



と同時に、死に対する覚悟もできてくるというものです。



そういうことを確認するプロセスで、


老後は病気がなくて、最低限飲み食いできて、


自分の思うように行動をすることができたら


それで充分であると思います。



◆人により価値観というものが違います。



当然のこと、死生観についても違いが出てきます。



「何が何でも死ぬのは嫌だ」と思う人もいれば、


「人は時間が過ぎれば死ぬもの」と思う人もいます。



それぞれの人の経済状況や生活環境が違うことも


死生観に影響することがあるでしょうが、


人生の終盤にはそれぞれが


自分の気持ちの帳尻合わせをしなければならないことは


間違いありません。



◆それをやるかやらないか、


やれるかやれないかで人生の充実度が変わってくると思います。



そういう点で、若い頃から人間性を磨き、


自分の生き方について考えを積み重ねておくということは


その人の財産ということもできます。



◆昨年亡くなった父親が言っていました。



「自分の親は40歳そこそこで急死した。自分はその倍以上も生きた。

もう死んでも、悔いはない」



この言葉が本音であったとしたら、こんな幸せなことはありません。



あの言葉が父親の本当の気持ちであったことを信じて、


心の底から


「おつかれさまでした。ありがとうございました」


とあらためて遺影に向かって伝えたいです。



          岡田 尊司  著


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【気づき2910】〔自分が持っているものを活かす〕
2020 / 02 / 04 ( Tue )






◆組織のなかで責任を負い、


日々試行錯誤を重ねている立場の人は、


「どうあればいいのか」「どうすればいいのか」について、


常に考えていると思います。



そういう時に、漠然と「どうしようか」と考えても、


実際にどう動いていいかわかりません。



考えを重ねて、


具体的にどう動くかをひねり出さなくては次につながりません。



◆そういうときに忘れてはならないのは、


「自分の武器は何か」「どういうツールを持ち合わせているか」


を確認することです。



それは自分だけのことではなく、


部下や同僚、組織全体の得意な点を確認し、


それを活かすことが目標達成に近づくためのひとつの近道になります。



◆自分のことは自分が一番よく知っていると思うもの。



しかし、よく言われることですが、


鏡を見ないと自分の顔は見えないものです。



自分で自分がどういう役割を果たしているか、


どういういいところを持ち合わせているかを客観視したり、


可能ならば人に聞いてみることによって確認することは


急場をしのぐときに身を助ける一助になるのかもしれません。



◆次の手がないというとき、踏み出すきっかけがないとき、


ひとつでも前に進めるヒントがあるかどうかで


状況が変わってくることがあります。



考えあぐねたときに、


気持ちが折れないで


もう一回考えを巡らす一つのきっかけとするために、


自分や周りを見回すことを忘れないようにしたいものです。



          岡田 尊司  著


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【気づき2909】〔思い方をすこし振り返ることで、人生が変わることもある〕
2020 / 02 / 03 ( Mon )






◆趣味でジョギングをしています。



趣味として走り始めたころ、


「走ろうと思って家を出たのだから、途中ではできるだけ歩きたくない」


と考えていました。



これは個人のこだわりではありますが、


もともと、こだわりとは意地のことではありません。



きつくなったら歩けばいいわけです。



◆雲ひとつない青空のもと、過ごしやすい快適な日に走っていると、


本当にラッキーだと思います。



青空も、太陽も、空気も存分に味わいたいと思います。



そんなとき、


高い建物がなく空を存分に見渡せる場所に差し掛かったとき、


そこを走って早く通り過ぎたくないことがあります。



もちろん、走っても気持ちがいいのですが、


その場の空気をじっくり味わいたいと思うのです。



◆自分で決めたことを途中でやめてしまうことは


いけないことだと教えられてきました。



その思いは、自分のなかにも染みついています。



しかし、それは、積み重ねることによって、


その先に到達する目標を据えている場合のことです。



趣味の範囲で決めたことは、


もっと柔軟性があっていいはずです。



◆自分で決めたことをやり通すという気持ちは大切です。



しかし、その思いを死守することによって、


失われていることがあるのであれば、


なぜ死守しているのかを振り返ってみることが賢明です。



守っていることにどんな意味があるのかを冷静になって考えた時、


守る意味がないとあとでわかることは非常に空しいことです。



◆プライベートのことだとはいえ、


少し引いて考えることで、


より自分の思いに近いあり方ができることを


意識することも必要だと思います。



          岡田 尊司  著


         →  生きるための哲学



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【気づき2908】〔当たり前のことを、当たり前でないくらい続ける〕
2020 / 02 / 02 ( Sun )






◆就職したての頃、しばらくしてから、


「こんな生活を毎日続けるのか」ということに思い至りました。



続けなくては仕方がないことですが、


そのときは途轍もなく長い道のりを


行かなければならないように感じたものです。



◆それから30年がたちました。



就職するのが遅かったので、あと2年半で定年という年齢になりました。



30年といっても、かなり早く時間が過ぎ、


気づいたらここまで来ていたという印象です。



◆飯を食うということだけでなく、


なぜ仕事をするのかということも考えずに、


やみくもに生きていた時期もありました。



しかし、あるタイミングで、


そういうことを考えないままでは


生きていくのが苦しくなるし有意義でもないことを感じ、


違うステップに進むことができました。



◆仕事を覚え、きちんとこなすことに精進し、


その後にようやく、


なぜそういうことをしているのかを考えるために本を読みだしました。



ひたすら走り続けていたのですが、


やっと落ち着いて物事を考え始めたのが45歳という年齢だったのです。



◆以降、いろんなことを学んだり考えながら過ごしてきました。



その経緯で、毎日どのように生きるかをいくつかの標語にしています。



そのうちの一つは、


「当たり前のことを当たり前に、しかも当たり前でないくらい続けること」です。



◆始業時間に遅れないで出勤、外線電話をとる、洗面台の液体せっけんを補充する、


シュレッダー付近の紙屑を掃く、廊下に落ちているゴミを何気なく拾うなど、


当たり前のことを考えずにできるように心がけてきたことが


自分を救ったように思います。



          岡田 尊司  著


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【気づき2907】〔『めんどくさい』は成長を止める悪魔の言葉〕
2020 / 02 / 01 ( Sat )






◆仕事であろうと、プライベートであろうと、


何かの拍子に


「めんどくさい!」と心のなかで叫んでしまうことがあります。



そういうときのことを後になって考えてみても、


「そう感じても仕方がなかったよな」


と正当化してしまうことが多いように思います。



◆しかし、「めんどくさい」という気持ちにそって行動を起こすときと、


「めんどう」という思いを消し去ってから動き出したときでは、


その結果が違ってくることをある時から意識するようになりました。



すくなくとも、「めんどうだな」と嫌々やっているときと


前向きに集中している時では、


どちらが充実しているかは明らかです。



◆「めんどくさいな」と感じるときはどういうときでしょうか。



それは、気乗りしないことをやるように言われるときや、


言われたことが道理にあっていないとか、筋違いであるとか、


ほかのやり方があるということを感じた時です。



つまり、①もともとの自分の好き嫌いと、


②自分の感じ方ややり方が違う時です。



◆①については、


その時の自分の反応が正しいものか、


後悔しないものかを都度自分に問えばいいわけです。



また、②については、


めんどうと思う課題がまずは自分が対応すべきかどうかを確認し、


必要があれば自分がやるべき人に仕事を割り振ることが優先されます。



そして、自分がやるべきであるとしたら、


「めんどう」という思いによって


解決に必要なエネルギーを分散させないようにすることが肝心です。



このスタンスの採用により、


不満をためず、工夫をすることに気持ちを向けて


新たに成長することが期待できるのです。



◆やるしかないのなら、また、やると決めたのなら、


いろいろと考えずに邪念を振り払い、


「エイッ」と気合いを入れて課題解決に取り掛かることが賢明です。



「わかっちゃいるけど、なかなかそうはいかない」ことではありますが、


やったほうが結局は自分のためになるのです。



言うまでもないことではありますが。



          岡田 尊司  著


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