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【気づき2987】〔『去る者は日々に疎し』、見送られる側の思い〕
2020 / 04 / 21 ( Tue )






◆「去る者は日々に疎し」



いくら親交があっても、去っていく者に対する愛着は


時間の経過と共に薄れていくことを言い表しています。



この言葉は、去る者にとっては非常に切ない響きがあります。



◆幼少の頃、父親の仕事の関係で引っ越しする事が多く、


幼稚園は3か所に通いましたし、


小学校も3年ずつ2つの学校に通いました。



母親の実家に居候していた時に通っていた福岡の幼稚園から


兵庫の幼稚園に移った時と、


兵庫の小学校から大阪の小学校に転校するとき、


皆の前で挨拶をしたときの情景や音や声、臭いまでも


昨日のことのように覚えています。



50年も経っているのに。



◆「去る者は日々に疎し」の情景を思い浮かべる際、


去る者と見送る者の二手に分かれます。



ほとんどの場合、去る者の方が少数です。



当然、送る側は大勢いることになります。



結果的に、


去る側のほうが大きな切なさを感じるのではないかと思います。



◆別れは実際に切ないものです。



しかし、その別れが美しい思い出となって残っているために、


この別れが幼い自分の心を育て、また磨いてくれたように思います。



その当時には到底理解できなかった、


友達や大人の人たちの自分への気遣いや思いやりが、


今となってしみじみと感じられます。



会って、お礼を言いたいと思います。



しかし、悲しいことに、


お礼を言いたい人がどういう関係の人であるかが


今となってはわからない人もいます。



◆自分の体が動くあいだに、


何か所かある自分の心の故郷を訪ね、


記憶をたどり、


できたら思い出の人もたどれる旅をしようと思います。



         安田 正  著


           →  超一流の雑談力



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