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【気づき3057】〔『気が強い』人と『我が強い』人、どちらがまだつき合いやすいか〕
2020 / 06 / 30 ( Tue )






◆「気が強い」とは、


気性が激しい、負けず嫌いで勝気、攻撃的、容易に屈しない、


という意味です。



見るからに気が強い人もいますが、


見た目は穏やかなのに


心の内は誰にも負けない闘志を抱いていたりする場合もあり、


見た目に反して


「意外と気が強い人なんだな」と感じるような人もいるものです。



◆また、「我が強い」とは、


「自分の意思や考えを押し通そうとすること」です。



自分の考えとは違う考え方をもっている人が沢山いる世の中で、


上手く他人に合わせたり合わせてもらったりして


調和しながら人は生活しています。



しかし、そんな中で


「私の考えはこうだから」と一切譲らずに


協調性を持たない人を「我が強い」と言います。



たしかに、理屈はつながらなくても


自分の思いを曲げない人がいます。



◆人が集まるといろんなことが起こります。



当然、それぞれの思い方やそれぞれが


常識と思っていることの基準が違うからです。



そのような実状があるとしても、


人というものは集まった上で生きていくということが前提になるのですから、


人から避けられるあり方はできるのならばしないほうが得策です。



◆「気が強い」のも「我が強い」のも、


人間関係を広げていくためにはどちらもプラスには働かないと思います。



しかし、どちらかがつき合いやすいかを答えよと言われたら、


「気が強い」のほうを選びます。



なぜなら、「我が強い」人とは、


自分とその人のとの接点を見つける可能性が


限りなく少ないことは間違いのないことだからです。



     ダニエル・ネトル  著


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【気づき3056】〔仕事の上で、我慢をしないですむあり方〕
2020 / 06 / 29 ( Mon )






◆部下には見えない、


上司の着眼点や気遣いに関係なく、


好き勝手なことをいう部下がいるものです。



もしそれが、


自分に足りないものがあることを気づかずに、


または気にしないうえでの放言ということならば、


それは自らの評価を低くするあり方です。



◆評価されないあり方をする人は、


それはあえて選択しているのですからそれでいいのです。



しかし、そのようなスタンスの人から


不用意に言葉を投げかけられる上司はたまったものではありません。



受けとめる側がそのような火の粉を振り払うテクニックを


持ち合わせていないとしたら、


ストレスをがっつりと受け止めざるを得ないのですから、


たまったものではありません。



◆管理職の給料には、


そのような心理的な負担も含まれているという理解の仕方があります。



そういうところを冷静に考慮して、


管理職を受けることを拒否する人が増えた時代であるのかもしれません。



確かに、我慢することが仕事の一部であるというのも


少しむなしいようにも思います。



◆その点をクリアしている人生の先輩の感じ方,考え方を、


経済誌や書籍で読むことで、


ただ我慢することだけの時間が全く違うものにもなることもあります。



「なぜ、我慢するのか」ということの意味を明確に確認しているとしたら、


全く違う過ごし方になるのでしょう。



◆「なぜ自分はこの仕事をしているのか」


「所属している会社の使命はなにか」



そんなことを考えることができる人ばかりではないでしょうが、


そういう人もいるのは事実です。



それができる人は、


なぜ我慢するのかの意味を知っているのでつらくないのでしょう。



それ以前に、そういう人たちは、我慢するまでもなく、


ほとんどの人がストレスに思う場面に遭遇しても、


その場でその負の思い方を消し去ることができるのでしょう。



     ダニエル・ネトル  著


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【気づき3055】〔人の目を気にするのも、ひとつの能力〕
2020 / 06 / 28 ( Sun )






◆「日本人は、欧米の人に比べると人の目を気にしすぎである」


という意見を、テレビで見たり新聞の記事で読むことがあります。



自分の意見を挙手して人前で伝えること、


自分で感じた思いにそって行動をすることは、日本人は苦手のようです。



人の目を気にして行動を抑制し、


自分らしく振る舞っていないということが意外にあるものです。



◆しかし、世の中には、人の目をあまり気にしないですむ人もいます。



自由闊達に意見を述べ、思うように行動する人です。



また、不思議なスタンスですが、


表向きは人の目を気にしているように見えるのですが、


その実、気にしているのは特定の人だけというようなタイプもあります。



◆自分の行動を標準的なものにしようとして、


周りの人の行動を参考にするという意味で


周りを見ることはよくあることでしょう。



必要以上に周りの人から影響を受けすぎないのであれば、


周りの存在はその人の成長にとっていい負荷となります。



しかし、表向きは周りを気にしているようで本当は気にしていない人は、


自分の思うようにいるほうが楽だから、


人のことを気にしているふりをしながら変わらないままで居続けます。



その場合、結果的には、


成長もなく周りからも信用されなくなるという


切ない状況を自らつくり出すことになります。



◆人から非難されても、


自分が潜在的に抱いている「楽なままでいたい」「じっとしていたい」


ということを本人も気づかないまま維持しているとしたら、


よほどのことがない限り眼が覚めないと思われます。



そういう人はそういう人の自由があるのですが、


仕事でそういうスタンスを続けられると


周りの人たちが非常に迷惑します。



◆そういう人にどうやって違う考え方を受け入れてもらえるものでしょうか。



これまで、いろんな課題にチャレンジしてきましたが、


もしかしたら、


自分の仕事人生の集大成になる課題なのかもしれないと感じています。



今後もあきらめず、挑戦し続けようと思います。



     ダニエル・ネトル  著


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【気づき3054】〔世間の風潮を真に受けると、後悔する〕
2020 / 06 / 27 ( Sat )






◆新形コロナウイルスの感染が広がり始めてから、


私たちの時間の過ごし方は明らかに変わりました。



新しい生活様式を理解し、


実際に自分の生活に取り入れ、


慣れるしかありません。



◆「こんな不自由な生活は受け入れられない」



そのように思う人たちも大勢いるようです。



緊急事態宣言や都道府県をまたぐ移動が解禁されてからは、


徐々に人の活動が開始されました。



◆国や行政がどのように判断し広報しようとも、


変わらないことがあります。



それは、


「新型コロナウイルスは人から人に感染します。

感染したら、場合により死に至るような重症になることもあります。

それを防ぐためには、密閉、密集、密接を防ぐしかありません。」



「これまでの集団の感染の経緯を考察すると、

『飛沫を防ぐ手立てのない店での複数による飲食』、

『複数の人が一室に集い、向き合って大きな声を出すカラオケ』の場は、

感染リスクを急上昇させる場面です。」


ということです。



◆国として、世界規模の視点として、


経済活動を活発化させないといけないことはわかります。



しかし、それを実現するためにはやはりルールが必要です。



これまで慎重に注意してきたことを


急にリセットしてしまうことがいけないことは、


冷静になって考えてみればわかることです。



◆「自分が感染したくない」


「家族にうつしたくない」


「友達や職場の同僚にうつしたくない」


「入院患者さんや施設利用者にうつしたくない」
(医療福祉分野に従事する方々)


「市民にうつしたくない」(役所、警察関係等の方々)


などの思いを貫くためには、


少なくともワクチンが開発されるまでは、


自分に自粛期間というものを課すしかないと思います。



後悔しないためには、適度な緊張感を維持することが必要です。



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【気づき3053】〔自分のあり方、身の置き場所を、自分の裁量で決定する〕
2020 / 06 / 26 ( Fri )






◆目の前のことを一生懸命やると、


まず集中できる時間を持つことができます。



そのなかで、いろんなことに気づくことができ、


やり様によっては効率よくしかもうまくできるコツさえ習得できます。



そして、やり終えた後には達成感を得ることができます。



そのように考えて実際に行動をする人は、


組織のなかでどういう立場であろうと、


人から受け入れられ認められます。



◆しかし、そのようなプロセスを


できるだけ避けようとする人もこの世の中にはいます。



しかも、それが組織のなかの役職者であったりするのですから驚きです。



役職者は部下とは異なる業務を担うからこそ


その存在に意義があるのですが、


その役割を果たすこともできないばかりか、


誠意もなく、傍を楽にする動きも見せないのでは


受け入れられるはずもありません。



◆「一隅を照らす者は、これ即ち国宝なり」


という最澄の言葉があります。



「目の前のことを精一杯やる。そのことが周りに明るい影響を与える」


という意味ですが、


毎日唱える処世訓として非常にありがたい言葉だと思います。



役職についていようといまいと、


そんなことに関係なく、


自分の役割を果たす人は人から受け入れられ、


自らを活かすチャンスを得ることができ、


人のために発揮することのできる力と


気持ちのエネルギーを蓄積することができます。



◆もし職場で、「あの人がいないと困る」と位置付けてもらったら、


それはその人に対する最高の褒め言葉です。



それはほかの人が気づかないことをやり続けた、


あるいは地道な努力を積み続けた証しだと思います。



その状況とその評価は、


そのまま本人にとって最高の自信になりますし、


どこに行っても生きていけることを意味します。



◆これは、「もし」の話ですが、


上のような生き方をしていない人が役職にいる場合、


そのような人が人の上に立ち続けることはおかしなことです。



それが成立するのが世の現実ですが、


その状況は結果的に組織の調和を乱すことにつながります。



◆それを放置している組織がその現実を受け止める仕組みを持つこと、


キャッチした担当者が行動を起こせる仕組みであること、


そして情報を受けた決定権者が適正に行動できる度量を持つこと


が先をうまくいかせる要件だと思います。



◆実際、そんな組織はどれだけあるのでしょうか。



そういうことも考えて、


自分の身の置き場所を決めなければいけないのですから、


生きるって大変なことです。



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【気づき3052】〔思い方を変えるには、根気と繰りかえしが必要〕
2020 / 06 / 25 ( Thu )






◆お坊さんが実践する修行の一つとして読経というものがあります。



宗派によっても修行の方法は異なるのでしょうが、


テレビでよく見かける読経の場面は、


朝も早く、それも午前2時3時というような早朝から


何時間もお経を読み上げる場面です。



◆人が寝る時間に近い時間から起き、


しかも数時間お経を唱え続けるのです。



その行を修めようと考えていない立場からすると、


かなりつらいことに思えます。



それゆえそれを実践することが人を磨くことになるのであろうと、


非常に遠巻きにとらえてしまいます。



◆人は忘れてしまう、


あるいは新しい感じ方が気持ちに染み込むまでには


時間がかかる生き物であるということは、


幼いころから感じていたことです。



親から、「家に上がるときは、靴をそろえなさい」と


何度言われてもできませんでした。



よく玄関まで連れていかれて怒られたものです。



また、


「自分がうれしくなることを人がしてくれたら、

『ありがとう』とお礼を言いなさい」


と言われても、


それを意識できるまではかなり時間がかかりました。



◆お坊さんが修行をしている様を見て、


「人はなかなか思い方を変えられないもの。

だからこそ、毎日繰り返して、教えを読み上げるのではないか」


と大人になった今、感じるのです。



そのように感じるのであれば、


自分も忘れてはいけないことを毎日読み上げる必要があると


感じています。



◆これまでの人生で、


「これはいつも意識しておきたい」ということがいくつかあります。



その要点を手帳にまとめ上げ、


繰り返し読み返して、自分のものにしていこうと思います。



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【気づき3051】〔過ぎゆく時間を味わうことは、意味がないことですか〕
2020 / 06 / 24 ( Wed )






◆仕事や学校に行く毎日は忙しいものです。



しかし、コロナ禍の影響で、急きょ学校に行かなくなったり、


テレワークをすることにより出勤しなくなった人も多くいます。



その分、時間をゆったりと過ごすチャンスは増えたのだと思います。



◆しかし、慌ただしく過ごすことが日常であったので、


いくら時間はあるといっても急にゆったりと過ごすことは


むずかしいのかもしれません。



朝起きてから夜寝るまで、


知らない間に分刻みのような動きをしていたとしたら、


それも仕方のないことかもしれません。



おまけに、スマートフォンを常に気にし、


始終新しい情報に追い立てられるように過ごしていると、


自然とあくせく過ごすことになるのでしょう。



◆もし、ゆっくり過ごすことに慣れていないと感じるのであれば、


自分にとって新しい時間の過ごし方を生活に取り入れるために


やはり練習が必要になるのでしょう。



ゆったり過ごすということは、


ただ体を動かさないでじっとしているだけではありません。



気持ちを働かせないでいて、


しかもそれが心地よいと思うようでないと


ゆったり過ごすことにはならないのです。



◆そう考えると、今回のコロナ禍を契機にして、


ゆったり過ごすことを練習し、


そして自分を見つめる機会にすることもいい試みになるのではないでしょうか。



これまで落ち着いて過ごすことを忘れていたとしたら、


今後は新しい時間の過ごし方ができるようになり


人生に幅が出たということもできます。



◆気がついたら時間が過ぎていることだけを目指さず、


過ぎゆく時間を味わうことがあってもいいのではないでしょうか。



     ダニエル・ネトル  著


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【気づき3050】〔親の介護をしますかしませんか、それは自分には関係のないことですか〕
2020 / 06 / 23 ( Tue )






◆介護離職が社会問題化しています。



介護離職とは、


家族の介護のためにそれまでしていた仕事を辞めることです。



介護者が介護のためにそれまで勤めていた会社を辞めることにより、


経済的な基盤は揺らぎます。



しかも、介護をしながらの仕事を得ることは難しいことですし、


介護の後に再び仕事をしようと思っても、


長年積み重ねてきたキャリアを反映できる仕事に復帰する手立ては


ほとんどないというのが現状です。



◆介護が必要になる年齢は人によって違うので、


子どもが親の介護をやり始める時期は人によって違います。



50歳代でアルツハイマーになった一人暮らしの親の介護をしたり、


施設入所までの期間の対応をする場合、


30歳前後でも親の介護に関わることになります。



75歳くらいで脳血管障害や内科的疾患を発症した親御さんの介護をしたり、


疾患はなくても一人暮らしができにくい体の状態であったら、


40歳代~50歳代で介護をすることになります。



また、親御さんが子供さんをいくつでもうけたかによっても事情は変わってきます。



◆結果的に、


親の介護を子の自分がいくつから開始するかということは


予想することはできないということです。



そこで終わってしまうと何の準備にもなりません。



そこで、どうしたらいいのかをネットで調べてみます。



すると、精神面、肉体面、経済面の負担の度合いの統計が


出てきたりします。



しかし、そんな統計は自分の生活には全く必要のない情報です。



◆要は、どこまで親のためにエネルギーを注ぐか、注げるか。



また、実際に親元に同居するのか遠方でも通うのか、


また、生活の糧を得るにはどうしたらいいのかということを


考えることがさしあたって必要です。



◆親の貯蓄がある場合、


それを使って有料ホームを利用することも一つの手です。



それができない場合、親の年金はいくらか、


民間の保険に入っているのかいないのか、


自分はどれぐらいの収入があれば生きていけるのか。



介護する子供に配偶者がいる場合には、


自分が介護するとき配偶者が


どのようなスタンスをとるのかというような様々なことを確認し、


考え合わせ、コーディネートをするという力を発揮しなければなりません。



◆人生の後半において、


「そんな器用なことはできない」と匙を投げるのなら、


それはそれでそれなりの結果を招くことになります。



親の人生の終末に自分がどのような役割を果たせるかと


真面目に考える人は、


それを解決できる準備をする生き方をすることが大事になってきます。



もし、そのようなことを考える気持ちがあるけれども


将来起こるべきことを想定していないというのであれば、


10年後、20年後には必ず起こることなのですから、


それをそうと受け止め、今踏みとどまり、


今できることをやることに力を注ぐことが、


自分と親御さんの双方の幸せのために必要です。



それをそうであると、いま感じ取ることが大切です。



     ダニエル・ネトル  著


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【気づき3049】〔強制も、時にはチャンスになり得る〕
2020 / 06 / 22 ( Mon )






◆私は運動が嫌いではないのですが、


以前から歩くことぐらいしかやっていませんでした。



歩くことは楽しかったので、歩くとなったら、


たまにですが1~2時間歩くこともありました。



◆それが45歳の時です。



春先に近所を散歩していましたら、


「もう少し運動をしたい」と思い、


ジーパンにTシャツ姿でしたが少しだけ走ってみました。



それがなんとも心地よく、


その時に「時々走ってみよう」と思い立ったのです。



◆しかし、それまで走るなどということは


体育の時間以外にしたことがなかったので何の知識もありません。



どんな準備運動をどれぐらいの時間するのかも知りませんし、


走行中の呼吸のリズムはどうしたらいいのか、


しかもそんなことを気にした方がいいのかどうかも


皆目見当がつかない状態です。



最初は、走るといっても


家を出てから20分くらいで戻ってくる程度のものでした。



家の者は、「もう帰ってきたの」と驚くほどでした。



◆毎日走るなどと決めてしまうと負担になるので、


走りたい時だけ走りにいくことを続けていたら、


走る距離も徐々に伸び、


呼吸の仕方も自分が苦しくないようにするだけで


OKということが自然にわかるようになりました。



また、走り始めて20分というのは準備運動の段階であり、


そこだけを何回繰り返しても走る楽しさは味わえませんし、


ダイエットを考えているのであれば


全く効果がないレベルであることも後でわかりました。



◆しばらくすると、足の裏が痛くなって走れなくなったり、


走行中に筋肉がきゅっと締まって痛くなるような症状に苦しめられながらも、


痛い時は歩くことを続けました。



そして走れるようになったときに、ゆっくりと走ることを続けました。



そんな経験を積みながら、13年が経ちました。



途中、走る趣味のある友達にいろんなことを教えてもらい、


雑誌を買って情報収集をすることも覚えました。



◆そんな経験を振り返り、今思うことがあります。



それは、新しいことを始めても、ある程度続けてみないと、


自分が好きなことがどうか、


自分に向いているかどうかということはわからないということです。



ある時走ることを始めても、


足が痛くなってしばらく走れなくなったらそれが終わりということもあります。



そこを乗り越えるのは、好奇心,興味,関心でしかありません。



「もうちょっと続けたら、もしかしたら楽しくなるかもしれない」


というような思いです。



◆そして、続けられるためのもう1つの大きな力は、


学校の先生との出会いや親の言いつけなど、


やりたいという気持ち以上に、


やらざるを得ないような強制の力が働く状況です。



ある程度の力を身につけてから判断しないとわからないこともあるので、


興味をもって臨んだ時でないときはこの強制力が


ある意味、あとになって助けになったと思うこともあるのです。



そういう意味では短期は損気です。



◆教師や親からの無理強いで何かをやることは苦痛でしかありません。



しかし、見方を変えた時、


その強制力が最初の一歩を自然に越えさせてくれることがあることも


知っておくべきではないかと、


走りながら考えました。



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【気づき3048】〔悲しいかな、人間は忘れてしまう生き物〕
2020 / 06 / 21 ( Sun )






◆悲しいもので、人というものは、自分の人生を変えたり、


自分を支えてくれている言葉があることを忘れてしまうようです。



8年前に書いた自分のブログを何気なく読んでいて驚きました。



「自分にとって非常に大事なことが、意識からこぼれ落ちている」



そういう表現がぴったりくる経験です。



◆「人は忘れるものです。また、忘れていても、

何かの拍子に思い出すものです。」



このような言葉を聞いて、


「そうだよね」「そうだろうね」とは思うのですが、


実際に自分のこととして体験すると、


何か手を打たなければならないと強く思います。



◆きっかけは覚えていませんが、8年前に、


「自分のミッションは何か」についてあらためて考える機会がありました。



しかし、その時もそうでしたが、


漠然と「わたしのミッションは何か」と考えるだけでは


自分の心の中をさぐりきれないことをあらためて感じました。



◆そんなタイミングに、


ラッキーにも、


登録していたマーケティングコンサルタントのメルマガにより、


「ミッションを見つける」ことについてのヒントをもらうことができたのです。



そこで教えてもらったミッションを知るポイントは7つありました。



①人生に一貫して起こっていること、

②祖父母の代以前に自分に似ている人がやっていたこと、

③子供の頃、夢見ていたこと、

④仕事での役割、直面した課題、

⑤これをすると御縁にめぐまれていると思うこと、

⑥繰り返し起こるいやなこと、

⑦嫉妬するときのパターン。



不思議なことに、この7つに共通したものが


あきらかになってくるという内容でした。



それがミッションと大きく関わっているらしいのです。



◆こんな大事なきっかけを忘れ去り、


自分をさぐる糸口になる考えの突き詰め方をなくしていました。



これまで蓄積してきたことをあらためて復習し、


エッセンスを書き留める必要があるようです。



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【気づき3047】〔ぼーっと生き続けたときに、自分の身に起こること〕
2020 / 06 / 20 ( Sat )






◆苦労をしないでも、運よく上の学校に行けるような人がいます。



推薦で進学できるとしたら、


このような仕組みの学校に入るときに


懸命に勉強をしたのかもしれません。



しかし、経済的に恵まれた家に育ち、


さほど努力しないでも何となくうまくいくようなこともあるのでしょう。



◆同じようなことが就職しても起こることがあります。



大きな企業ではないことですが、


中小の組織では人繰りがむずかしいために、


いまだに縁故や知り合いというつながりを活用することがあります。



そのような事情のために、


それほどの力がない人がある程度のポストに収まることがあります。



しかし、これは運がいいと言いきれるでしょうか。



◆時代は移り変わります。



それに伴って、人の意識というものも変化し、


同時に価値観も変わります。



そのようなことが自分自身に起こっていることは、


なかなか自覚できることではありません。



10年前、20年前の日記を読み返してみて、


ようやく今の自分との感じ方の変化を知ることができるくらい微妙なことです。



◆しかし、この世の中が、


またそこで暮らす私たちが変化していることは間違いのないことなのです。



その結果、職場でのリーダーに求められることも当然変化します。



そこで、同じあり様をただ続けていたら、


リーダーとして価値が徐々に低下することもあります。



◆その状況に気づくことなく、


変わり切れないままであると権威失墜は必ず訪れます。



のん気に構えたままであると、


いつしか周りに追いつかれ、そして追い越されます。



その結果、そのポストに就いていること自体が似つかわしくなくなるという、


非常に切ない状況を迎えることになります。



ぼやーっと時間を過ごすことは楽でいいかもしれませんが、


そんな生き方が通用するはずがないことは早めに自覚した方が身のためです。



     ダニエル・ネトル  著


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【気づき3046】〔言葉遣いは、人生を変える〕
2020 / 06 / 19 ( Fri )






◆何気ない言葉のやり取りで、


目の前にいる人が自分にとって心地よい人か、


それともそれに該当しないかを人は常に感じ取っています。



判断していると言っても過言ではありません。



たとえば、


Aさん:「これ、ここに置いとくよ。」

Bさん:「そこに置かないで。それじゃ、じゃま。」


という会話と、


Aさん:「これ、ここに置いとくよ。」

Bさん:「そこには置かないで。通る人のじゃまになってしまう。」


という会話は、さほど違いがないと言えるでしょうか。



◆もし、「そこに置かないで。じゃま。」と言ったBさんの真意が


上のように言いかえられる内容であったとしたら、


「そこに置かないで。」といった意見は煙たがれるものではなく、


むしろ周りを気遣った見解として


逆に評価されていいことにならないでしょうか。



◆言葉には意味があります。ニュアンスというものもあります。



文字の数ではそんなに違わないのに、


会話をしている相手に対する印象が大きく違ってくることがあります。



その点に着目すると、


言葉というものは非常に繊細なものであると受け取ることが賢明です。



◆相手に対して悪い印象を与えている言葉遣いをしている人は、


そのような意図がないのに、


相手の気分の不快指数を確実に上げてしまいます。



それに気づいていないのですから、


どこでも同じような状況を作り出してしまいます。



そして、その人には「近づきたくない人」の烙印が押されることになります。



◆そのような評価が定着すると、


その人の身にどういうことが起こるでしょうか。



「会いたいか、会いたくないか」


「一緒にいたいか、いたくないか」ということを確認したら、


人の心にはどのような答えが思い浮かぶでしょうか。



◆一緒にいたくないと思われたとしたら、


関わることはできるだけ避けられてしまうということになります。



そんなことになると、


自分が関わりたい人との関係をつくり上げていくことが


むずかしくなってしまいます。



知らないうちに人とのネットワークの密度が低くなるのですから、


情報も入りにくくなり、


自分の立ち位置や考えに新しい展開を迎えることは期待しにくくなります。



◆目に見えないところで、


このようなことが起こっていると認識した上で、


「これがわたしの性分だから」と割り切るのも生きる上でのひとつの選択です。



しかし、時には人の気分を害していることもあることを考え合わせると、


その行為は消極的な迷惑行為と解釈される可能性もあります。



仕事にせよ、プライベートにせよ、一緒にいる必要がある場合、


「できるならこの人とは一緒に居たくない」と思われていたら


事はうまく運びにくくなるでしょう。



この点は、意地を張るところではないですし、


逆に自分の幸せのためにも受け入れたほうがいいと思います。



◆ただ、この状況はかなりデリケートなところなので、


周りの人が教えてくれることは少ないと思います。



だからこそ、そのあり方を自分で選択しているのではなく、


自然とそういうあり方をしているとしたら


不幸としか言いようがないと思います。



     ダニエル・ネトル  著


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【気づき3045】〔長期間、意味なくきついことを耐えることは無駄なこと〕
2020 / 06 / 18 ( Thu )






◆クレームを受け付けるというとき、どうしても身構えてしまいます。



まずは相手の考えを受け止めなければなりませんが、


自分が所属する組織を守るという気持ちを意識してしまうばかりに


気持ちに負担がかかるという面もあります。



また、場合により目の前の人を攻撃する人もいます。



仕事とはいえ、


自分を攻められると気持ちが傷つくこともあり大きな負担となります。



◆「これは仕事」


[組織を守るスタンスであるけれども、

組織と自分を切り離して相対すること」


「相手へ向き合うモチベーションを維持するために

相手を否定する気持ちを強く持ちすぎないこと」


をしっかり確認できていないと、


かなりきついことになります。



◆言うことは簡単ですが、


気持ちという目に見えないもののバランスを取ることは、


実際は簡単なことではありません。



これは生きている間中練習を繰り返し、


心のバランス感覚を獲得,持続していかなければならないことに


なるのだと思います。



そういうことを考えると、


「この方針で生きていくことにする」と決定することは楽かもしれません。



しかし、相手があることなので、


下手な決め打ちをすると、


結果的によりつらい目に遭うことにもなります。



◆確かに、


スタンスを決めて自分を維持することは


ひとつの方策ではあります。



しかし、固定してしまいすぎると、


柔軟性がなくなることは間違いありません。



つまり、臨機応変な対応などということとは程遠くなるのです。



◆結局どうすればいいのかということになります。



どのようにスタンスを定めたらいいでしょうか。



自分のスタンスを固定することは大事ですが、


柔軟であることも当然大事です。



しかも、揺れ動き続けることは苦しみとなります。



生きるということは大変なことです。



◆そこで考えられる策の一つは、


いくつかの「なぜ」を考え、


相手の気持ちに近づくことではないでしょうか。



「相手は、なぜそういう表現をするのか」


「相手の求めていることは何か」



◆しかし、相手が病的な場合や異常に執拗な性格の場合は、


相手に意図を考えること自体が


相手のペースに巻き込まれていることになり、


引っ張り回されることになります。



そのような深みにはまることを回避するためには、


最終的には組織内に相談できる仕組みがあるかどうかが関わってきます。



仕組みがあり、実際に機能しているかどうかということが肝心なのです。



◆そのようなフォロウの仕組みが機能せずにきつい状況が長く続くと、


気持ちの変調につながります。



気持ちの変調をきたしたら、それを寛かいさせるには時間がかかります。



そのようなサイクルに入ると、以後の生き方を変えざるを得なくなります。



そのようなことになる前に、


専門家に相談して違う局面を迎えることはどうしても必要になります。



不運なことですが、場合により、


所属する組織を一旦退職する決断も必要になってきます。



◆結果的に、無理な我慢は人生を損なうだけです。



そのことを、結果を迎える前に決断しなければならないからこそ


むずかしいことではあるのです。



しかし、それをできた人だけが後で


「あの時決断しておいてよかった」と思えるのも事実なのです。



     ダニエル・ネトル  著


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【気づき3044】〔『この人にはかなわない』と人が思う、もう一歩奥深い条件〕
2020 / 06 / 17 ( Wed )






◆昨日、リーダーに必要 な要件として、


「この人にはかなわない」と思われる要素が


必要であるのではないかということについて考えました。



いわゆる「一目置かれる」という状況を迎えることが、


リーダーとしての機能を十分発揮できる条件の


一つではないかと考えたのです。



◆その実現のためには、


「人がやれないことをやる」


「人がやらないで放置していることをやる」


「最後までしっかりやり抜く」


という要件を満たさなければならないとも考えました。



そして、今日、それに加えて、


さらなる要件について思い当たりました。



◆世に名前の通っている有名な人の著書の中に、


「今日やろうと思ったことがやっと終わった。

その時に、あと一つやるべきことが起こった。

その時にどう対処するか」


という記述がありました。



その著者は、


「『もうだめだ』の後にもうひと踏ん張りすることでキャパは広がる」


と述べていました。



別の著書で同じ課題について、


「疲れたら休めばいい。忘れないようにメモを残し、

それを次の朝一番に片付ければいい」


という見解もありました。



◆どちらの立場をとるかは、


年齢や立場などによっても変わるでしょうが、


私にとって大切に思えたのは別のことでした。



つまり、やるべきと気づいたことを放置し、


放置したことさえも忘れ去るというようなことはしない、


ということが大事であるということです。



◆気づいたことに対応しなくても、


時間が経った後もさほど問題にならなければそれでいいのでしょう。



しかし、気づいてから数年経ってから、


もっと手前でしっかり対応してさえいたら


大問題にならないで済むことも実際にあります。



場合により、その大問題というのが大事故であったら、


それは組織の壊滅につながります。



◆組織壊滅に至らないにしても、


気づいた後にやるべきこととして記録しておき、


時間をずらしてでも片付けたことにより


後に胸をなでおろすこともあります。



また、きちんと対応して、


問題の火種を消していたことが自然に人に知れることもあります。



◆結局、必要な対応をしたことを人に示すことが要点なのではなく、


そういう行動をしていていることが結果的に人に知れることが


その人の価値を上げることにつながるのです。



時間が経った後になればなるほど、


その成果は大きくなり、まねができないこととして理解され、


対応した人の行為は絶対的な価値を生み出すと思います。



◆また、そのような結果を招く姿勢を、


そういう効果を生み出したいから続けるということではなく、


自然な習慣としてできるとしたら、


そのあり方は純粋に称賛されると思うのです。



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【気づき3043】〔人を導く人に備わる特性について考えてみる〕
2020 / 06 / 16 ( Tue )






◆組織のなかで、信頼され、責任を任され、


結果的に組織の構成員から認められる人が


リーダーになるという流れが一般的であるし、また理想的です。



そういう存在でありながらもリーダーという立場を受けない人も


この世にはいますが、


それはそれでその人の生き方であるのですから


周りがとやかく言うことはできないとも思います。



しかし、実質的には、そういう人たちは、


皆の心の拠り所になるということもかなりあると思います。



◆そういうスタンスの人が組織という枠組みの中で


どのような機能を果たすのかは別として、


実際にどのような姿勢で仕事をしているかを見ていると


非常に勉強になります。



そういう位置にいる人は、


周りが叶わないと思うくらいに仕事をきっちりとこなします。



抜かりなく仕事を仕上げるのです。



しかし、それだけでなく、プラスαを自然に付け加えます。



そういう人は、人が自分のことをどう見るかというスタンスでなく、


「これで完成か」「抜け落ちているところはないか」


「さらに良くなるにはどうすればいいか」ということを、


自然にしかも楽しみながら考えることができます。



しかも、それを繰り返します。



◆人の気づきというものは面白いもので、


気づけないレベルでいるということは、


周りがほとんど見えてない、


あるいは周りで起こっていることを感じることができていないという


レベルでいるということです。



しかし、一つきっかけをつかむことにより、


いろんなことに気づき始め、一人で対処するだけでなく、


協力をお願いしたり、場合により指示をして、


自分だけではなく周りも自然に巻き込んで事を動かす立場に豹変することもあります。



◆そうなるためには、いろんな条件が必要ではあるのでしょう。



純粋にやってはいたが周りのことは気にしていなかった場合や、


自分のペースを軸にやってきたのですが、


人の好さが影響して大変なところを支えるように仕向けられた例もあるでしょう。



◆ただし、生きて働いている時間を、


ずっと純粋さや人の好さだけでやり通すことができるのは、


その程度がかなりハイグレードである人たちだけです。



人を動かし、事を動かし、人や自分を幸せになる方向に向かせるためには、


少なくとも純粋さを持ちながら、


「なぜ、自分はそれをやっているか」「自分はなぜ生きようとしているのか」


などということを、


ある程度、真面目に突き詰めようとする思慮も必要になるのかもしれません。



◆そのようなときの思慮は、なにも立派である必要はありません。



その人なりに一所懸命であれば、


ほかの要素は二の次でいいのではないかと思います。



ただ、そのようなスタンスを取る余地が当人にあるかどうかということが


分かれ目になるのではないでしょうか。



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【気づき3042】〔『テレワークうつ』に、要注意〕
2020 / 06 / 15 ( Mon )






◆新型コロナウイルスの影響で、


これまでテレワークになじみのなかった大勢の人たちが、


テレワークなるものを半ば強制的に体験させられるようなこととなりました。



◆テレワークになじみのない業界に従事する立場からは、


仕事場に通わなくてもよくなることがうらやましくもありました。



職場に通うことを避けられないので、


テレワークのために出勤する人の人数が減り、


電車がすくことを歓迎するような気持ちにもなりました。



◆新しい仕組みを取り入れ、なじむためには、すこし時間を必要とします。



なぜなら、手法を変えることだけでなく、


価値観もセットで変えなければならないので、


そこをクリアするために猶予が必要になるからです。



しかし、このコロナ禍による様々な変化は、


混乱はあったものの、地球規模でしかも同時に発生したため、


受け入れざるを得ないという共通認識が当初からありました。



そういう点では心理的な抵抗を少なくすることができたかもしれません。



とはいっても、どうも、今後テレワークが常態化する人たちにとっては、


そんな悠長なことを言っている場合ではないことにも認識され始めているようです。



◆課題は、いろいろあります。



「セキュリティ上の、会社のネットワークに入るための手間」


「必要な資料やデータの共有化」


「同僚や上司の気持ちをキャッチしづらい」


「仕事をさぼっていると思われる不安」


「こんな状況下の、ノルマの増大」


「非言語情報をキャッチしにくい、オンライン会議の負荷」



◆オンラインでの非言語情報抜きでの会議により、


脳には通常の1.2~1.3倍の負荷がかかるという、医師の見解があります。



しかも、ふだん家に居なかった人が長時間家に居ることにより発生する、


家族とのストレスも大きな問題です。



思うように自分の空間を確保できない苦痛、


日中家族が同時にパソコンを使用することによる


パソコン環境の悪化という問題なども起きてきます。



◆DV問題を抱えている人たちは、気持ちを休める暇がなくなります。



そんな状況を抱えている人たちもいるのに、


中には、オフィスを返上してテレワーク一本にシフトするような企業も出てきています。



こうなると、すでに発生し始めている「テレワークうつ」に悩む人が、


さらに増えていくことは避けられないことになるのでしょう。



◆新たな価値観で新たなあり方を迫られた直後であるのに、


さらに、個人的な理由とは言え、


新たな仕事の仕方、自分の身の置き方を


考えなければならない時代を迎えることになりました。



しかし、ひとつの救いは、今は苦しい人も、IOTのさらなる発展で、


より自由になる可能性が秘められていることも励みにしていいと思います。



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【気づき3041】〔『濁を飲み込み、事実という証拠を得る』という処し方〕
2020 / 06 / 14 ( Sun )






◆仕事をやっているなかで、


「上司は、わかっちゃいない」「会社は、なにもわかっていない」


などと思うことがあるものです。



その思いをどう処理するか、


また、その事態にどのように対応するかということは


けっこう肝心なところです。



◆ただ、その際に湧きおこる不満の気持ちをもとに、


その思いをストレートに表現するだけでは


事態は良い方向にはいきません。



場合により、必要のない負荷をさらに背負うようなことにもなります。



すべてを受け入れる必要もないでしょうが、


そのような時の心の置き方を定めておくことは、


自分の心や立場を安定させることにつながります。



◆起こったことは当然、事実として残ります。



起こったことの意味合いも、ある程度、


複数の人で共通の受け取り方を共有することになります。



社会的な認知につながることもあります。



その事実というものは、実際に起こったのですから、


厳然たる証拠になります。



後々、その案件に関する判断の際の根拠となります。



時には、切り札ともなりえるのです。



◆組織の不具合を告発した職員を、


一人職場で放置するような処置をした行政団体のことが先日報道されました。



それは、典型的な例ではないでしょうか。



ほかにも、職員が離れていくような対応を組織がしたら、


組織の安定した存続とは程遠い状態を招いてしまいます。



◆気分が悪くなるくらいのレベルのことまで、


この世では実際に起こります。



そのようなことが起こった時の気持ちへの負担を軽減し、


自分にとっての心の平穏を維持して


生き抜くための処し方もあると思います。



それは、不本意な事であったとしても


我慢できることであるのならその事実を受け入れます。



そうすることにより、


それをもとに以後起こったことの判断や行動を


すっきりと決断できることにつながることもあります。



◆人が耐えられる、あるいは耐えてもいいことには


限度というものがありますが、


時間が経過する効果も借りて、


濁も飲み込むという経験が、


胆力というものになることもあると感じます。



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【気づき3040】〔リーダーは、リーダーとして認められることがまず大事〕
2020 / 06 / 13 ( Sat )






◆リーダーはどのようなあり方をしたらいいのかは、


かなり以前より議論されてきている課題です。



時代により、求められるものは変わるのも事実です。



どういう分野であるのか、


どれだけの人数を率いるのかにという状況によっても、


ずいぶんとかわってくるものです。



◆そういう意味では、リーダーとはどうあるべきかを考えるためには、


自分の関わりのあるところ、


例えば職場の部署のリーダーに求めるものは何かを


考えるというようなところから出発した方が、


それぞれの事情に沿って


具体的に考えを深めていけることにつながると思います。



◆いろんな考え方はあるのでしょうが、


リーダーに求められる一番基本的なことは、


「この人は自分のリーダーである」と


部下が認める範ちゅうに入っていないと話にならないということです。



部下の80%がこの人はリーダーとして


しっかり仕事をこなしていると思っている組織は自然とうまく回るでしょう。



しかし、部下の10%しかそう思っていないとしたら、


部下の反応や動きはかなり鈍ってくるだけに、


短期スパンの目標をクリアすることも


かなりハードルが高くなることは


経験のうえから何となくわかるものです。



◆そこで、リーダーとして機能するためには、


リーダーであると認められるかどうかということが


まずは課題になると考えます。



そこで、


リーダーとして認められる条件は何かについて


考えることもひとつのアプローチ法です。



◆では、認められる条件とはどんなものでしょうか。



それは、


「尊敬される人格」「片付ける仕事の多さ、速さ、その質」


「部下がやれないことをやり抜く」「部下がやらないことをやり抜く」などです。



しかし、結局、「この人には、この点ではかなわない」


というところを持ち合わせることで片が付くのです。



◆もし―リーダーになったとしたら、また、なりたいとしたら、


人を寄せ付けない得意分野を1つでも持つことを


目標にすることがベストな選択ではないでしょうか。



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【気づき3039】〔人は、後先を考えないほど尊大になれるものなのか〕
2020 / 06 / 12 ( Fri )






◆芸能界のスキャンダルというものは、


実際に事欠かないものです。



誰かしらのことが定期的に暴露されて、テレビで報道され、


テレビの存在価値が少しばかり再認識されます。



雑誌の売り上げも伸び、出版社の収益が上がり、


組織の存続がなんとかつながっていきます。



◆ここ数日の、芸能人の不倫に関する報道は、


ネットも含めかなり気合が入っています。



新型コロナウイルスによるうっ憤を晴らす勢いなのか、


該当芸能人の所業が人の怒りを買ったのかどうかはわかりません。



とにかく、彼をよく知る芸能人が、


「頭のいい人。そつなく色んなことをこなす人。

しかし、自分のしていることがこんな展開になることを

考えないのは不思議です」


とコメントしていました。



◆人間には、魔が差すということがあるようです。



真面目にやっていても、どこかで羽目を外して、


気持ちの中の帳尻を合わせるということを誰しもしているものです。



しかし、やっていることがふだんとのギャップが


大きければ大きいほどその非難の程度は増幅してくるものです。



◆容姿端麗で有名な女優との結婚、


芸能界での仕事のオファーの多さなどで勘違いをしたのでしょうか。



「行列のできる法律相談所」という番組で、


「世界の~~」と言われていじられていたのを、


まさか真に受けたのでしょうか。



◆けじめをつけてきちんとやっていれば、


経済的にはこの上なく安泰であったでしょう。



また、家庭内のこともいろいろと言われていますが、


家庭内での思いをそれなりに消化していたら、


かなり恵まれていた状況であったでしょう。



そんなことを思えば思うほど、


自分のことではないのに残念で悔しいと思えてなりません。



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【気づき3038】〔定年前は、考えようによれば、ひとつの充実期〕
2020 / 06 / 11 ( Thu )






◆60歳を目前にして誕生日を迎えた今、


定年というゴールに向けて何をしたいか、


何をすべきかを明確にしておかないといけないという


気持ちになります。



60歳という年齢は、


以前に比べると余生や隠居というようなイメージではなくなり、


次の人生の出発点という意味合いに変わってきました。



◆そして、出発点というような明るいイメージだけでは


なくなってきているのも事実です。



今後、100歳まで生きるような時代が


訪れることが言われ始めていますが、


もしそうなったら、嫌でも働かざるを得ないのです。



定年の制度は柔軟な変更がなされていません。



年金制度も高度成長以降の日本経済の停滞に合わせた調整が


なされていません。



結局、頼りになるのは自分であるということは


避けられない事実なのです。



◆物事を暗く考えるか、前向きに考えるかは、


一人一人に任されています。



どうせなら、また、もし可能ならば、明るく楽しくいきたいと思います。



幸い、健康には恵まれています。



次にやりたいことの準備もしつつ、


今やっていることの、


ささやかながら自分の集大成をしたいと思います。



◆その集大成というものは、


今やっていることを後輩に渡すこと、繋げることであると思っています。



自分の役割を引き継いでくれる後輩に、


何をするのか、どのようにするのか、なぜするのかを、


文字にして渡します。



細かいことについては、


ふだんの仕事のなかでは言葉にしないままでいることが多いです。



しかし、そこまで含めて、きちんと伝えます。



たとえ、それが後輩たちにとってつまらないことでも、


無駄であると思われても、自分の考えを素直に渡して、


あとの評価や継続されるかどうかは気にしないようにします。



◆期限が決まっていること、やることが決まっていることにより、


私の今いる環境は、


非常に充実できる時期のうちの一つのように感じています。



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【気づき3037】〔買い物は、気持ちよく支払えるところでしたい〕
2020 / 06 / 10 ( Wed )






◆近所の紳士服販売店の前を車で通りかかったら、


どういうわけか、


10年ほど前にその店でスーツを購入したときの


切ない思いが蘇えってきました。



◆もう春物が出始める頃ではあったのですが、


必要にせまられて冬物の背広を購入しに出向いたときのことです。



そのようになった理由はもう忘れてしまいました。



タイミングが悪いので店内の冬物は色やサイズに限りがあり、


売れ残りのなかから自分の要件に一番近いものを


選ばなければならないということは、


入店後すぐにわかりました。



◆対応した店員は、


わたしの購入しようと思っている


スーツのスタイリング(ダブルとかAB体)とか


色合いを聞きもせずに、


ただただサイズが合うものをつぎつぎと運んでくることに終始しました。



叶わないながらも、


最低限要望に沿ったものを買いたいと思うのは人情です。



しかし結局、


「こちらはお似合いです。」「こちらもお似合いです。」


とプロとしての意見やアドバイスもなく、


ただ売りつけようとすることに終始している様子でした。



◆どのようなスタンスでもわたしが購入すると店員は判断したから、


細かいことは気にせずにそういうスタンスで攻めたのでしょうか。



それとも、店側の「この時期はもう選ぶほど商品がない」


という状況に身を置いているゆえに、


自分の価値感だけで判断し、


購入者のスタンスに立つことを忘れたからなのでしょうか。



そんなタイミングで来店したとはいえ、


客としては気持ちよく買い物をしたいという思いにはかわりはありません。



しかし、その点に配慮してくれる要素は微塵も感じられませんでした。



◆そんな接客だと、そのときに仕方なく購入したとしても、


以後その店で買い物をしようとは決して思いません。



逆に、おもてなしの気持ちで接したら、


その人はその店のファンになり、


機会があればまたその店に出向くことになると思います。



◆もう10年も経っているのに、そんなことをふと思い出しました。



自分の使命を果たすために、また楽しく仕事をしていくために、


人との接し方を時々振り返り、


自分のスタンスを維持し続けようとあらためて思います。



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【気づき3036】〔忙しくすることで自分を見失うことになっていないか〕
2020 / 06 / 09 ( Tue )






◆ネットをふと開くと、


女優さんを奥さんに持つお笑い芸人が女性問題を起こしたのか、


それともそれとは違うトラブルを引き起こしたのか、


テレビ出演を自粛するという記事で賑わっていました。



せっかくつかんだ売れっ子芸人の位置や、


幸せな家庭というものを手放すようなことをしでかしたのかもしれません。



◆また、一般の方の話ではありますが、


コロナ禍により各種学校が休校になったことの影響か、


中高生の妊娠の相談が増加していると聞きます。



大人が伝えるべきことを伝えていないという理由もあるでしょう。



しかし、その問題をより顕著にしたのは、


結局、自由に動ける時間の増加と言えなくもありません。



◆「魔が差す」というのは、


変に間(ま)が空いてしまうことによって


起こってしまうことも多いと思います。



時間があれば何をするかが定まっている人はぶれることはありません。



しかし、そうでない人は、


空いた時間はそのまま暇な時間になり、


自分の意思の働かないままの時間を過ごすことになります。



そこには意図的であろうと、


意図されていまいとに関わらず、


落とし穴がたくさんあると考えた方が自然です。



◆人は、時間を持て余すと


正しいあり方をすることができないということでしょうか。



だからこそ、いつも忙しくして、自分を追い立て、


余裕のない状態をつくり出しているのでしょうか。



これは、自分をまもるためのひとつの方策なのでしょうか。



◆人生のある時期、


この考え方に沿って生きていると感じる人がいるかもしれません。



しかし、それは人生のある時期だけですむはずです。



何の変調もなく、


20歳代のときの同じような思いで50歳代を過ごすことが、


振り返りが乏しい生き方であると


後で思うようなことになることが多いのではないかと思えてなりません。



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【気づき3035】〔あなたは、『人生を味わう』過ごし方をしていますか〕
2020 / 06 / 08 ( Mon )






◆新型コロナウイルスの感染拡大に対して、


ここ数ヶ月神経を使ってきました。



感染が拡大した後、


それまでの行動の仕方を変えていかなければなりませんでした。



いつも通りにいかなくなったことに対するストレスを感じましたし、


特に人との接触や行きたいところに行きたいという欲求を


抑えるストレスも加わりました。



◆そして、動きを抑えなければならなくなることにより、


以前より気づいていたことをあらためて自覚することにもなりました。



それは、これまで、


「なぜあそこまで闇雲に動き回っていたのか」ということです。



今の状態から見ると、


「何かに憑かれたように」「何かに煽られていたかのように」、


頭を働かせ、体も酷使していたように感じます。



◆時代の流れという言葉があります。



その流れの中で、


社会通念や通例の技術を駆使することにより、


ほとんどの人が毎日の業務をこなすことになるのでしょう。



その姿を自ら客観的に眺めて、


そのあり方を自分が望むあり方に修正することができる人は稀です。



普通の人には自分に起こっている事実が見えず、


結果的に時代や周りの人に引っ張り回されることになります。



◆しかし、新型コロナウイルスの登場により、


無理やり小休止を取ることを迫られました。



このことにより、多くの人が同時に、


これまでと違う思いを抱く機会を得ました。



そして、私の頭の中に浮かんだ言葉は、


「生き急ぎ、死に急ぎ・・・」



◆効率よく、懸命に時を過ごすことは成長することになります。



しかし、立ち止まることなく突き進むだけであると、


その時どきの空気を感じられず、


人との思いのやりとりを味わえないことにつながると感じます。



切磋琢磨する修行の身であるような生き方を


死ぬまで通す覚悟を決めていたら別です。



しかし、そうでないのなら、


人生の妙味を味わうという視点があってもいいのかなと思います。



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【気づき3034】〔新型コロナウイルス対策-今後、必要なこと〕
2020 / 06 / 07 ( Sun )






◆新型コロナウイルスとは、


感染者の数の報告などを参考にして、


しばらくの間は様子を見ながら付きあっていかなければなりません。



ワクチンや治療薬の開発がなされるまでは、


あと2年近くかかると言われています。



今後は、この3ヶ月~4か月取ってきた対策を参考にして、


規制を緩めたり強めたりという


バランスをとりながら過ごすことが必要になるようです。



◆そのためには、適度な緊張を維持するが大切になります。



しかし、人ははっきりした基準に沿って継続的に沿うことはできても、


基準が時々変わり、その都度あり方を換えることは苦手です。



駅の地下道の右端か左端に沿って、


人の移動の流れが固定していることがその証しのように思います。



◆災害時にどうあるべきかということを参考にして、


今必要なスタンスをあらためて見直すことは無駄にはならないと思います。



夢ナビという学習のサイトを活用し、


東北工業大学工学部都市マネジメント学科教授菊池 輝 先生の記事を


読ませてもらいました。



◆そこで学んだことは、


「行政の対策をさんこうにすること」、


「受け身と正常化バイアスを避ける〔「まさか最悪のことは起きないだう」は問題〕」、


「自分で冷静に判断し、周囲の判断も織り交ぜる」の3点です。



コロナ対策と津波から身を守る策は全く同じではないですが、


基本姿勢は同じだと思います。



◆たとえば、テレビで、飛沫飛散のパーテーションの情報が提示され、


アクリル板が床から140センチ以上ないと


効果がないという番組が報道されました。



しかし、詳細を確認することなく、数値の目標だけを念頭に行動をすると、


お門違いなことになりかねないことにも注意が必要です。



◆向かい合って仕事をする必要がないのであれば、


まずパーテーション自体が必要ない場合もあります。



また、向かい合って座る場合も、


お互いにマスクをしていたら


飛沫の拡散する範囲や飛沫数もかなり違ってきます。



入手した情報を一義的に受け取らず、


自分の居る環境に合わせて応用する姿勢が求められます。



◆持久戦のなかで、一人一人が社会活動の一役を担い、


しかも家族や自身を守るためには、


情報収集、自分で考えること、協議することだと


あらためて自覚したいと思います。



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13:33:32 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
【気づき3033】〔十分楽しかったと思える人生のために〕
2020 / 06 / 06 ( Sat )






◆60歳間近になってきたからでしょうか、


50歳代の心の整え方や定年後の生き方について


書かれている本のタイトルを見ると、


何となく気にかかります。



人生の終盤を悔いのないように生きぬきたいと思うからです。



◆しかし、何冊かの本を読んでみて感じることがあります。



それは、それぞれ、著者の境遇の中で、


著者の気持ちの向かうことに注目し、


その中で感じてきたことを積み上げてきていることが


書かれているということです。



ということは、結局、人によって向かう先は違うということです。



◆「~歳は、結婚適齢期」「人はよそ様の収入を知りたいもの」など、


その程度の煽り文句で気持ちが揺らぐ面があるものです。



だからこそ、雑誌も売れるし、テレビも見られるし、物も売れるのでしょう。



しかし、そんなことに影響されることは実は窮屈なことであり、


自分の思うままに生きることから遠ざかることもあるのです。



◆真の幸せは、


物やお金だけで得られるものではないことに気づきながらも


執着してしまうものです。



その理由は、


人間が厳しい自然にうち勝って生き延びるために必要なあり方を、


遠い祖先より受け継いだからです。



そして、それよりさらに上位に来る幸せは、


社会に参加していること、


人とのつながりがあることと少しは感じながらも、


それを蔑ろにしています。



◆このような時間を積み重ねていると、手遅れになります。



まさに手遅れですから、もう後戻りできなくなるのです。



そうならないように、


自分のあり方を定めて毎日を過ごすことが、


十分楽しく生きたと思えるための条件のように感じます。



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【気づき3032】〔コロナの影響を、プラスに切り返す〕
2020 / 06 / 05 ( Fri )






◆新型コロナウイルスの影響で、


小中高生も自宅に居る時間が自然に増えることになりました。



そのような環境のなかでのエピソードが、


新聞に投稿されていました。



◆そのタイトルは「わたし流『出張デイサービス』」。



15歳の高校生が隣りに住む祖母の家に


出張デイサービスに行くことにしたようです。



月曜日に2時間訪問することにすると、


祖母は非常に喜んでくれたとのことです。



しかし、その訪問で、孫は初めて気づくこともありました。



前の週に一緒にやったことを覚えていないこともあったのです。



そのことに少し怖さも感じたとのことです。



しかし、悩んだ末、「忘れたら何度も言えばいい」と思えたようです。



◆学校の始まる最後の孫の出張デイサービスの日に、


「とても、楽しかった。ありがとう」と祖母は孫に言葉をかけました。



二人にとって、


このふたりだけのデイサービスの時間はどのようなものであったのかを、


この記事を読んだあとにじっくりと考えてみることになりました。



◆新型コロナウイルスの影響で、


切ない思い,つらい思いをした人がいるのは事実です。



しかし、上の高校生のように、


今感じることができることが


これからの人生にプラスに働くようなこともあるのではないかと思えました。



つらい目に遭った人も思い方を冷静に変えていき、


今回の経験をプラスに転じる気持ちの切り換えができるとも思います。



◆つじつま合わせではない気持ちの切り換えができることは、


これからの人生において、


不本意なまた無意味なマイナスを背負うことから


自分を解放してくれるのではないかと思います。



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【気づき3031】〔親としてのメッセージを、自分史という形で子供たちに渡す〕
2020 / 06 / 04 ( Thu )






◆今思えば、母親とは小学校時分より、


ずいぶんと色んな話をしてきました。



母親がしゃべり好きであったこと、


一人っ子であったことと、


父親は寡黙であったという条件がそろっていたせいでしょうか。



そのため、母の両親のこと(私の祖父母)、母の幼少の頃の話、


青春時代の話、父親と結婚するまでの経緯、


結婚してからの父親との関係性などについて


かなり細かいことまで知っています。



◆しかし、父親は帰宅が遅かったうえに、


口数が少なく、成人するまではあまり話をしたことがありませんでした。



学校を卒業して社会人になってから、


ようやくいろんな話をし出したように記憶しています。



就職したのが病院であったこともあり、


延命治療をするかどうかとか、加入している任意保険、年金額などを、


一人息子である自分が後のことをやらなければならないことを


きちんと説明したうえで聞いたりもしました。



◆しかし、父親の幼少の頃の事や、母親との出会いのことなど、


ところどころしか情報を得られないまま、


父親は昨年他界してしまいました。



今となっては、確かめようがなくなってしまいました。



残念です。



◆私の息子3人が、私のことを知りたいかどうかは知りません。



しかし、死んだ後の対応のことをエンディングノートに書いて伝える時代です。



法的なことだけでなく、


プライベートのことについてもまとめておき、


親から子へのメッセージとして自分史を近いうちに渡そうと思っています。



◆いまのところ、20字×20字の原稿用紙で100枚くらいにはなりました。



あまり長く書いても読んでくれないかもしれないので、


160枚までに収めようと考えています。



何を、どのように考えて、どのような判断をし、どのような決断をしたのか。



自分の力だけではなく、


いろんな場面でいろんな人に助けてもらったことなどを伝えようと思います。



それをどのように捉えるかは当人たちに任せます。



ただ事実を淡々と記したいと思います。



◆この作業は、今の自分にとっても非常に有意義なことで、


また非常に心癒されることであることはラッキーだと思います。



もし、この時点で絶筆となっても、


ある程度のことは伝わるところまできています。



この9月いっぱいで書き上げるつもりで、


すこし気を引き締めて専心したいと思います。



意外に面白い試みです。



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【気づき3030】〔自分なりの仕事の流儀を持つ〕
2020 / 06 / 03 ( Wed )






◆「電灯をつけたのなら、使い終わったら消しなさい」



子供の頃に母親によく言われた言葉です。



トイレにいき、室内灯をつけ、用を足し、


そのあと室内灯を消さないままであることがよくありました。



一人で暗いところにいることの怖さと、


早く茶の間に戻ってテレビ番組の続きを見たいという気持ちが


先に立っていたのだと思います。



◆しかし、これと同じようなことが、仕事場でも起こります。



以前勤めていた職場のデイケアサービスでの話です。



朝、利用者をお迎えする際や夕方に自宅にお送りする際に、


ピロティの照明を一斉に点灯します。



しかし、送迎が終了しても、


照明をつけたままにしていることが多くありました。



◆きれいな言葉づかいではありませんが、


「けつを拭く」という言葉があります。



この言葉の本来の意味は、


失敗したことを自分で帳尻をあわせるということですが、


個人のイメージとして、


「自分のやること一つ一つにけじめをつける。

そのために、やるべきことが完了したと思った時点で、

抜けがないかを確認する」


という意味でとらえています。



一区切りがついた際に、


自分に「けつは拭いたか」と問いかけています。



◆その確認をすることなく、


仕事が終わったことの安どを感じることに


意識を移してしまってからは、


やるべきことがなされていないことに思いがいくことは


ほぼないと思います。



かりに抜けていることがありそのままにしていたとしたら、


それまでかけたエネルギーや気持ちの評価が


大きく目減りしてしまうことになります。



◆自分に対する人さまの評価が低くなるだけでなく、


自分で自分自身のことが嫌になることは非常に切ないことです。



そんな思いにならないで済むように、


再確認をすることを習慣づけることは、


自分を大切にすることにもなるし、


身を助けることにもなると思います。



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【気づき3029】〔仕事で、気を遣うことは必要か〕
2020 / 06 / 02 ( Tue )






◆「あなたは気づくべきことに気づくことができていない」という表現で、


上司が部下に対してふだんの評価を伝えた場合、


その意味や実状を踏まえたとしても、


「これは上司から部下へのハラスメントである」


と非難されることもあり得ます。



◆目に見えない部分の評価は、


数値で示すことができないゆえにむずかしいところです。



しかし、人間の感性というレベルではかなりはっきりした、


しかも欠くことができない要素でもあるのです。



これが、どこまでが仕事で、どこからが人づきあいかという


境界線を引くことができないことも


すっきりとけりがつかない要因でもあります。



◆ところで、「気を遣う」とはどういうことでしょうか。



それは、現状はどのような状況かをまず感じ取り、


そしてその際に取った方が良い行動を


実行に移すことではないかと思います。



この視点からは、当然、


仕事の場面でも気を遣うということが求められることになります。



それがないと、より高度な仕事が達成なされないというくらいの


ことでもあるのです。



◆職場の管理職を担う人は、


部署のメンバーの状況を把握して


部署で効率よく仕事を達成していくことを担わなければなりません。



そして、各部署の責任者をまとめる、


さらに上位の管理職はさらに高いレベルで指示を出さなければなりません。



その時に必要なのは、明確な状況判断と的確な指示です。



加えて、人間的な魅力であったり、


周りが一目を置く特長などが大きく影響しないでしょうか。



◆やはり、感じられないより、感じることができるほうが


優れていると思わずにはいられません。



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【気づき3028】〔好きなことを見つけ、続けることが人を救うこともある〕
2020 / 06 / 01 ( Mon )






◆「M-1グランプリ」という漫才のコンクールで、


芸歴10年を越える芸人さんが一夜にしてスターダムにのし上がり、


人生が変わる瞬間を今年もテレビで目にしました。



漫才を愛し、技の向上を目指して努力を続けた人が


評価された瞬間です。



◆そのような場面をテレビ画面で見た時、


私たち一人ひとりも、程度の差こそあれ、


実は同じような経験をさせてもらっているのではないかという思いに至りました。



人から絶賛されるようなことはないにしても、


知らないところで人から評価され、


次のステージに上がるということを


経験しているのではないかと思ったのです。



◆たとえば、幼少期に引っ越しをして新しい環境に身を置くしかないとき、


その際の寂しさやつまらなさやいろんな意味でのきつさは、


最終的には自分で解消するしかありません。



当然知り合いもおらず、誰と接点をもつか、もてるのかという不安な中で


しばらく時間を過ごさなければならないのです。



そして、時間の経過の中で毎日やることが定まり、


そして友達ができ、笑い合えるような関係を作っていきます。



そのような小さな結果を一つ一つ積み重ねて、


自分の充足した時間を過ごせるように変化していきます。



自分の立ち位置を確立していきます。



非常に地味なことの連続ですが、


確実にステージを上がっているというようにも受け取れると思います。



◆一夜にして立ち位置が大きく変わるのか、


何年もかけてそれをやるのかとでは話が違います。



しかもスターになることと、


友達をつくって楽しく過ごせるようになることは


全く別の次元の話なかもしれません。



しかし、努力を続けているうちに、


大小は別にしていろんなきっかけを通して、評価され、


その評判が周りに共有され、


そして結果として今があるという意味では、


別の話とは思えないのです。



◆さらに考えると、日常で積み重ね、


評価されることを私たちは実はいくつも経験し、


クリアしていることを思うと、ただの日常だけでなく、


日常に一つ努力することをつけ足してそれを長い間やり続けるということが、


自分にとって、場合によっては人世のためになることもあるとも感じるのです。



◆まずは、自分の興味のあることを探す、見つける、実行する、続ける


という課題を持つことが、自分の満足や充実につながります。



そして、それが、人の満足になる可能性もあるのかとも思うのです。



インターネットを通して趣味の成果を披露したことにより、


人から要望され、それが仕事になり、


喜ぶ人が増えるという実例が実際に多くあります。



「興味のあることはない」などと気持ちを打ち捨てて無為に過ごさず、


何かを探すつもりでいることは決してむだではないのではないかと感じます。



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