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【気づき3072】〔自分で自分の存在を認めることの意義〕
2020 / 07 / 15 ( Wed )






◆「今の自分に飽き足らない」


と考え、悩み、それを打ち破る方策を自ら選択し、


実行する人がいます。



こういうタイプの人は自然とそうなっているのでしょうし、


またそれだからこそ悩むことになるのでしょう。



しかし、結果的に、


そういう生き方をする人は成長し続けているのだともいえます。



◆もしかしたら、そういう生き方,あり方は、


わたし達のDNAのなかにプログラミングされているのかもしれません。



だからこそ、人間は幾多の至難を乗り越えて


進歩・発展してきたのだとも考えられます。



しかし、そういうレールにのって走るようなあり方が負担になったり、


わずらわしくなることもあります。



そこのバランスをうまくコントロールするのも、


生きる上での貴重な知恵でもあります。



◆お釈迦様は、「天上天下唯我独尊」という言葉を残されました。



この本来の意味は、


「この世の中で、みんなそれぞれがかけがえのない存在である」


ということを表わしているとのことです。



◆「やらなければ」という思いは、すばらしくすてきなことです。



しかし、そのまえに、「いること」「あること」、


つまりこの世に自分が存在していること、


それ自体がすばらしいことであることを確認してもよいようです。



◆人から認められるということはあまりないものです。



だからこそ、自分が存在していることが素晴らしいのですから、


自分にむかって、


「よくやってるよ」「それでいいんだよ」


と声をかけることが大切であると思います。



そういうことが、


自身がしっかり立っていられるための


土台になるのではないでしょうか。



     出口 治明  著


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【気づき3071】〔戦う、抑え込むだけが人間の本質ではない〕
2020 / 07 / 14 ( Tue )






◆「human being」という、


人類を意味する言葉は非常に奥深いものを感じます。



「人間らしい資質を備えたうえで、ここに居る」


という意味合いのように感じます。



特に、「being=ここに居る」ことを明示していることで、


存在していることを大切にしている、


あるいは尊重しているように感じるのです。



◆しかし、現実はどうかと言えば、


嫌がらせがあったり、人を抑えつけるようなことが頻繁に起こったりします。



人が存在しているということを大事にしなければならないのに、


なぜそのようなことになってしまうのかについては


よく考えなければいけません。



◆類人猿から人類への進化のなかで、


生身の人間は相当過酷な日常を積み重ねてきたことでしょう。



自然現象や疾病を乗り越え、他の生き物との生存競争に打ち勝って、


生き抜いたのです。



その長い道のりのなかで、


壮絶な戦いに伴って、


体と心の痛みが遺伝子レベルにまで


刻み込まれることになったのでしょう。



戦うこと、相手を抑え込むことを


生きるために獲得したと考えてもいいのかもしれません。



◆しかし、今は原始時代とは状況が大幅に違ってきているのです。



思い方を変化させて、


これまでとは違うあり方を身につけてもいいはずです。



人間はもっと賢くなっていいはずなのです。



戦う、抑え込むという生き延びるための機能を保ちつつ、


共存することも併せ持つ能力を得てこそ、


進化したと言えるのではないかと感じます。



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【気づき3070】〔点と点が線になり、線と線が面になる〕
2020 / 07 / 13 ( Mon )






◆人と人が知り合うことで、点と点はつながって線になります。



生まれたての頃、自分のつながりは父母や祖父母だけです。



それ以外のつながりができるのは、ずっと後になってからです。



◆歩き始める、そして言葉を覚え始める、


そういう経過のなかで周りの状況を理解する力が身に付いていき、


そしてようやく個として、周囲の世界との関係を創り出していくのです。



そういう意味では、最初は点と点がつながって、


線をつくりだすことの繰り返しになります。



その経過のなかで、次なるステップに進むのでしょう。



◆点と点がつながって線になり、


そして線と線が最低3本つながって面になることは


小学校の低学年で学びます。



しかし、この構図が


自分を取り巻く人間関係にも起こることに気づくのは、


それから何年も経ってのことになります。



◆人と人が結びつく線もあれば、人と関心事が結びつき、


その関心事を介して人と結びつくようなこともあります。



サッカーのサポーター仲間が増えていくなどということは、


まさにこの図式です。



◆結果的に、人と人が結びつき、


自分の人間関係の密度が増していくわけですが、


それを煩わしく感じることもあるでしょう。



しかし、年を重ねる中で、


あるときその大事さ,ありがたさにも意識を向けてみることは


大切なことだと思います。



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【気づき3069】〔若い頃の苦労は、生きる上で役に立つか〕
2020 / 07 / 12 ( Sun )






◆自分の経験を振り返ってみると、


若いうちは知識も経験も乏しいため、


目の前のことが一つ一つクリアすべき課題となります。



それをこなしていくうちに、


課題を実際に解決し、


同時に気持ちの持ち方も学んできました。



◆思い起こすと、自分を磨くきっかけは次々にやってきました。



そこで、そういう意味においては、


「若いうちの苦労は買ってでもせよ」という言葉のように、


何も買わなくてもいいというのが正直な感想です。



◆世の中には、苦労をしないでも


すんなり生きてこられるという強運の持ち主がいます。



例えば、家が潤沢で、愛情豊かに育てられ、


性格も温厚で前向きであり、


きついことがあっても素直に順応できるような人です。



そういう人はその運に感謝して過ごせばいいと思うのですが、


やっかいなのは、苦労をすることを避けてきた人です。



意識していようとそうでなかろうと


そのような生き方をしてきた人たちです。



◆先ほどの「若いうちの苦労は買ってでもせよ」という言葉に対して、


「年配者の押し付け」「精神論」という意見をネット上で見かけました。



どちらが正しいということとは関係なく、


考えるべきは、課題を解決する力もなく、


自分にかかる負荷に対したときの精神的な強さもないまま年齢を重ねたら、


結局当人がつらい目に合うということではないかと思うのです。



◆苦労を避けても、何事も要領よく片付け、


人とのコミュニケーションを取ることができたら問題ないのでしょう。



しかし、実際に身の回りにいるそういうタイプの人は、


やることが杜撰であり、やるべきことに優先順位をつけることができず、


しかも抜けがあります。



人とのやり取りも大雑把です。



結局、人から信頼されないだけでなく、


逆に疎んじられるようなことが多いのです。



◆年を重ねたあとにそういう状態であるのを変えることは、


ほぼ無理です。



そういう意味では、若い頃に苦労をする上で、


いろいろと気づいて自分をつくっていうことが


最低限ないと辛い人生になると思うのです。



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【気づき3068】〔『信頼を得るには』に答えられない人の行く末〕
2020 / 07 / 11 ( Sat )






◆人と人との信頼関係はどのようにしてできるかについて、


子どもの頃は全く意識することができませんでした。



しかし、時間を経て、いろんな経験を重ねるうちに、


自分なりに少しずつでも状況が見えてきます。



経験を文字にすることもできるようになっていきます。



◆ただ、それを皆ができるかというとそうではないのが実状です。



そんなことをあまり意識して生きていない人もけっこういるのです。



そして、不思議なことに、そういう人の中には、


人に信頼されるあり方を自然に身につけている人と、


全くそうではない結果を招いている人に分かれます。



◆人はふつう、「信頼されたい」と思うものでしょうか。



信頼されるということは、普通以上にできることがないといけません。



そして、できるがゆえに周りが頼りにしてきます。



しかし、それがわずらわしいと思う人は違うあり方を選択することになります。



◆幼い頃の自分の記憶をたどってみました。



わたしは、信頼される人とそうではない人のどちらかを選ぶとしたら、


信頼される人になりたいと思っていました。



理由は簡単です。



信頼される人は人から取り立てられ、



信頼されない人は人からないがしろにされるからです。



◆取り立てられて苦労してでも期待に応えるか、


それとも、相手にされないでくすぶって生きるかを考えたら、


多少きつくても、人が集まってくる生き方を選ぼうと思いました。



どのような生き方をするかということは、性格によって違ってくるものでしょう。



また、親や兄弟などの近親者の影響を受けることもあるのでしょう。



◆しかし、もし、仕事の上で人の上に立っている人が


「相手にされないでくすぶっていていい」というあり方であったらどうでしょうか。



部下からは当然見放されますし、


組織でのその人の評価は下がるしかなくなります。



そうなる理由も結果もはっきりしているわけですから、


自分はどのあり方を選ぶかにかかってくるということです。



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【気づき3067】〔部下を育てる〕
2020 / 07 / 10 ( Fri )






◆組織に所属し、役職に就き、


部下を育てる立場にある人にとって、


「どのようにしたら部下は育つか」は大きな課題です。



また、組織によれば、


「部下を育てるのは、上司であるあなたの任務です」


と義務付けるようなところもあります。



◆しかし、育てる側がどんなに努力しても


かなわないことがあるのも事実です。



気がつくとか、気を遣うというレベルのことは、


説明しても理解してもらえないこともあります。



この、感性が関わることについては、


努力して身につくことではないように思います。



◆今読んでいる本で、


運動部に入ってきた新入部員が


レギュラーになれるかどうかについて、


監督は入部後3か月くらいで予想がつくことが


多いというエピソードを知りました。



監督だけでなく、運動部に所属したことがある人は、


努力してもどうしてもかなわない相手がいることを


経験で知っているということにもつながるようです。



努力することは必要なことですが、


それは必ず実るものではないということを


認識しているということにも関連します。



◆大きな企業には優秀な人が大勢いるから、


適任者をその中から選ぶこともできるのでしょう。



しかし、中小企業になると、それはできないことなのです。



しかも、一部署だけが秀でてもどうにもなりません。



全体のバランスを取るための決断をできる人と


一緒に取り組まないと組織存続が実現しないことになります。



◆あきらめては終わりです。



しかし、ある程度のところで見切りをつけて、


考え方を変えて対応すべきタイミングもあるという思いに至りました。



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【気づき3066】〔恵まれていることには、気づくべき〕
2020 / 07 / 09 ( Thu )






◆恵まれているけれども気づかないということがあります。



恵まれていることに慣れてしまっているからこそ、


気づかないということがあるのかもしれません。



そういうことが自分に起こることはこれまでの経験で知っていますし、


気をつけないといけないと思ってはいます。



しかし、それでも、


時間が過ぎていくなかでどうしても忘れてしまうのです。



◆8年前に書いた自分のブログの記事の中のエピソードをあらためて読むと、


全く初めて読むのと同じ新鮮さを感じてしまいました。



実際に、2012年の6月に、以下のような記事を書きました。



「私の三男は3歳です。早朝から、

『とうちゃん、本読んで』『絵をかいて』『電車の線路をつくって(プラレール)』

と言って、私を起こします。

朝の5時からそういうことを言われるとわずらわしいと思うことがあります。」



◆そして、そのブログのなかで、


当時朝日新聞に寄稿したタレントの稲川淳二さんの記事を引用させてもらいました。



稲川さんには障害のあるお子さんがいらっしゃり、


出生当初そのことを受け入れられなかったこと、


その子の命を自ら絶とうと思ったことがあること、


しかし思い直してその子のために生きようと思ったことが書かれていました。



そして、稲川さんの一番の思いは、


「一度でいいから、俺のことを『とうちゃん』と呼んでほしい」というものでした。



◆当時私は、稲川さんの記事を読んで体が震えました。



自分の気持ちの中を正直に話したら、


稲川さんはなんとおっしゃったでしょうか、


どのような気持ちになられたでしょうかということを考えたのです。



◆目の前の恵まれている状況に気づかないばかりでなく、


わずらわしいとまで思うことはなんと傲慢なことでしょうか。



8年前の稲川さんの言葉との再会で、


あらためて気づくべきことを再確認させてもらうことができました。



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【気づき3065】〔この時代に転勤は必要か〕
2020 / 07 / 08 ( Wed )






◆父親は転勤族でした。



家族である私は、幼稚園は3箇所に通いました。



小学校も3年ずつ、2校に所属しました。



中学の時も転校の話がありましたが、


わたしは一人暮らしをしてでもいいから移るのは嫌だと表明したら、


父親は転勤を断ってくれたようです。



もしかしたら、それが昇進に影響をしたかもしれないと、


大人になってから思いました。



◆私も生育中に大きく影響を受けたこの親の転勤は、


当時は高度成長であったこと、


そしてこの時期に各企業は事業拡大を目指したことにより、


仕方のないことかと思います。



他に先んじて成長するためには、


他よりも早く人を育成しなければなりません。



軸となれる人が日本中を移動して指導することが、


企業の将来を決めるという観点もあったと思います。



◆ただ、今の世は、当時とは全く状況が異なります。



考え方を変えなければなりません。



変えなければならないというより、


変わらないと企業は存続することがむずかしくなりました。



アメリカの大企業トップ500社の過半数が


15年以内に消滅している時代です。



◆以前の日本のように、今は終身雇用でもなく、


2~3回の転職をすることが当たり前の時代です。



しかも、コストをかけて人を移動させ、家族を分断し、


ネットワークも無にすることが、


社員が組織に所属する気持ちを損なっていないでしょうか。



また組織の効率を下げていないかを


確認し直すべきではないでしょうか。



◆企業寿命が20年に満たないのに、


もたもたしていられないはずです。



また、転勤を、


人を退職に追い込むための制度として


残している企業があるとしたら、


その視点のずれは致命的です。



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【気づき3064】〔星になった父と、ふるさとのことについて心のなかで話をする〕
2020 / 07 / 07 ( Tue )






◆父親の仕事の関係で、


私の両親は私が幼い頃から引っ越しが多かったようです。



幼稚園や学校に上がる前の話は母親から聞きました。



山口の柳井の病院で生まれ、広島の尾道にもいたようです。



のち、福岡→鹿児島→福岡→兵庫→大阪→京都と移り住みました。



◆先日実家に帰ったのをきっかけに、


「わたしの故郷はどこなんだろうか」と


実家から自宅に戻る途中にふとそう思いました。



そこで、中学2年の時に祖父から買ってもらった国語辞典で


「ふるさと」を調べると、


①自分の生まれた土地、②以前住んでいた土地、


③昔ある事のあった土地、古跡とあります。



◆住んだ土地になじむプロセスを考えると、


引っ越す、近所に挨拶に行く、学校に通う、友達ができる、知り合いができる、


なじみの場所ができる、行きたい場所ができるということが思い浮かびます。



それをもとにすると、


私の記憶にある居住地である先の5府県はすべて「ふるさと」です。



IターンやUターンのように、


帰る先を特定するときには、


母親が住む京都府が今のふるさとになります。



◆これまで住んでいた土地には、今はほとんど行っていません。



思い出のなかにあるという状態です。



今気になるのは、高齢の母が召された後、


実家をどうするかということです。



今のふるさとを目に見える形で残すのか、


でもそれには維持費もかかるので可能か、


ということに答えを出さなければならないときが必ず来ます。



母は「あんたが住めばいいやん」と気軽に言いますが、


それで解決するはずもありません。



◆七夕に、星になった父親ならなんと言うかを思い浮かべながら、


今日の時点で考えたことを書き溜めておこうと思います。



また、自分にとってのふるさととはどういう位置づけなのかを確認し


これから先のことを決める基礎にもしようと思います。



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【気づき3063】〔社会で戦うには、常識も必要では?〕
2020 / 07 / 06 ( Mon )






◆しゃかりきになって働くことは大事です。



実入りが多くなるということだけでなく、


踏ん張りがきくときに懸命に仕事をして、


濃厚な時間を過ごし、


密度の高い経験を積んでいくことは、


将来のためにも大事なことだからです。



◆しかし、そのあり方の照準が少しずれてしまうだけで、


せっかく注いだエネルギーが無駄になってしまうこともあります。



たとえば、一生懸命やっていることに対し、


それを迷惑であると感じる人が少なからずいたとしたら、


せっかく積み上げているポイントを、


気づかないうちに自ら減らしていくことになります。



◆世の中には、常識というものがあります。



広く世の中でベースとなっているその考え方に背くことが


人の反感を買っているとしたら、


さしあたっては反感を買わないようにしなければならないと思います。



また、常識に囚われたくないとおもうのなら、


反感を買わないようなやり方を自分なりに編み出すことが必要です。



それができるためには、まず、


自分がしていることが常識から外れているかどうかを


認識することが必要です。



◆自分の方針を貫くことは自由なのですが、


貫くことがマイナスになるとしたら、


それはあり方を変えた方が賢明ではないでしょうか。



たとえば、昼の12時から13時に


営業職が営業の電話をかけるのであれば、


その際に一言断りを入れるだけで、


もしかしたら常識を覆すことができるかもしれません。



「まことに申し訳ありません。お昼時ではありますが、

この時間にもしお話を聞いていただけるのであればありがたいと思い、

電話を入れさせていただきました。非礼をお許しください。」



◆このような言葉がその大転換になるのかどうなのか、


また、若い人たちが転換と思うのかどうなのかはわかりません。



しかし、もしつまらないと感じたとしても、


こういうささいなところに気づいて考えてみるかどうかが


結構大事ではないでしょうか。



自分の将来が開かれたものになるか、


あるいは閉じてしまうことになるのかの


分かれ目になるように思えてなりません。



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【気づき3062】〔一人暮らしの母親はいつまで一人で生活できるか〕
2020 / 07 / 05 ( Sun )






◆父親が去年の5月に急逝して以来、


月に一度、一人暮らしをすることになった母親の様子を見に、


実家に帰りました。



しかし、1月に帰省した以後、


新型コロナウイルスの影響で帰ることができませんでした。



◆そして、5か月間の空白を経て、今月実家に戻りました。



帰るまでに気がかりであったのは当然母の健康状態ですが、


次に心配であったのは、冷蔵庫の野菜室の状態でした。



昨年よりこれまでにない頻度で実家に帰り、


家中の掃除をすることにしたとき、


野菜室がすごいことになっている現実を目にしたのです。



◆もともと、野菜というものは


表面が柔らかいだけに丁寧に扱わなければなりません。



そのうえ、長い間放置しておくと、


圧のかかっている部分の細胞が損なわれ水分が出るのです。



そしてその部分より傷みだすのです。



水分の多い、トマト、レタスなどが野菜室の底のほうに置かれた場合、


上から重ねられた野菜の重みで


かなり短い時間で痛み、そこから水分が染み出します。



◆今回帰省したときも、


実家に入ったときから出るまでの間の


スケジュールを決めて帰りました。



すぐさま風呂場でカビ取りスプレーをかけること、


開かずの間になっているところの空気を換えること、


当然野菜室も母親が買い物に出かけた時に


コンパクトにやり終えること、


トイレ掃除と台所,廊下の拭き掃除をすること。



母親のプライドも傷つけずに実行するように気をつけました。



◆80歳半ばなので、


自分が肩代わりをしようと思い動きました。



そして、実家から自宅に戻って電話した際に母がいいました。



「野菜室を掃除してくれて、ありがとう。


でも、あんたが捨てた大根、


まだ使えるところがあったから今日、煮物にしたわ」



◆うちのおかん、おそるべし。



「まだしばらくは、一人で生活できるのかも」



それが今回の帰省の感想です。





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【気づき3061】〔近づくと離れられる、そんな人生は嫌だ〕
2020 / 07 / 04 ( Sat )






◆相手にとって嫌なことをやり続けたり、


嫌な印象を与え続けていると、


当然のことながら人は遠ざかっていきます。



身だしなみや顔の表情のように目に見えるもので


相手が不快に思うような場合もそうですが、


目に見えないことでも同じような影響を与えることになります。



◆生きていると時々出会うのですが、


何気なく普通の会話で、


辛辣(言葉や表現が手厳しい)なことや嫌味を言う癖がある人がいます。



相手は笑って話を聞いていますが、


実は気持ちは引いているという場面に出くわすことはないでしょうか。



◆辛辣なことや嫌味を平気で口にする人は、


普通にそれができてしまいます。



気づいても直せないのか、


「これが自分の性分!」と開き直っているのでしょうか。



どうであれ、


そういうタイプの人と一緒に居たいと思う人は少ないでしょうから、


あまり得な性格ということはできません。



◆ただ、それ以上に、


自分がそうなっていることに気づかない人は非常に気の毒に思います。



なぜなら、知らないうちに人が自分との距離をあけているのです。



また、知らないうちに、自分から人が遠ざかっていくのです。



◆人からどう思われているかが気になって、


びくびくして生きるのもつらいことです。



しかし、それ以上に、


自分が近づきたいのに、


近づいた分だけ相手の気持ちや物理的距離が自分から離れていくとしたら、


それは切なく悲しいです。



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【気づき3060】〔ささいなことだけど、必要なこと〕
2020 / 07 / 03 ( Fri )






◆自分のペースだけで、周りに話しかける人がいます。



極端な場合、「さっきの、あれはどうした」と、


なんの前置きもなく部下に問いかける人もいます。



そのような言葉を急にかけられても、


「あれ」が咄嗟に思い浮かばないこともあります。



◆そこにさらに「あれだよ!」と、


追い打ちを加えるような上司もいます。



結果的に、すぐに反応できなかった部下は


自分が責められたような気になってしまいます。



◆人と人とのやりとは、


言葉という目に見えない手段で伝えあっているのですから、


うまくいかないこともあるでしょう。



すんなりといくこともあるし、


すんなりといく時があるという場合もあります。



相性であったり、タイミングなども影響することがあります。



だから、うまくいかないことがあるたびに気分を害していたら、


けっこうきついです。



◆だから、上司に「あれ」と言われたことに対して、


「『あれ』じゃ、わからんだろう」という、


怒りの気持ちに支配されることをやめることが賢明です。



なんと返されようと、


「『あれ』って、なんですか」と素直に聞くことにして、


仕事の上の課題を解決することに専念するように決めた方が


身のためだと思います。



◆これは、できた人間になるための修業という意味でありません。



そうした方が、気分が悪い時間を、


できるだけ少なくできるからです。



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【気づき3059】〔『希望をもつ』ことのむずかしさ、ありがたさ〕
2020 / 07 / 02 ( Thu )






◆日本は恵まれた国です。



この国の中では恵まれていない境遇であるとしても、


考えようによっては、


他の国の状況よりもかなり安全安心な中で


生活できているという捉え方もできます。



◆たとえば、


ヴィクトール・E・フランクル著「夜と霧」に書かれているような、


死ぬか生きるか、これ以上の屈辱があるかという状況を今、


日本に生きる人は体験しているでしょうか。



第二次世界大戦で過酷な状況を体験された、


人生の先輩の方々しか、


その様子を体験から想像できる人はあまりいないと思います。



◆「夜と霧」では、過酷な状況のなかで、


周りの人が次々に死んでいく事実が描かれています。



そのなかで自分を支えていたのは、


「愛する人を思い起こす」であったといいます。



愛する人とまた会うことを思い、自分を奮い立たせたと言います。



しかも、切ないことに、その愛する人のうちの数人は、


その時点ですでにこの世を去っていたのです。



◆食べるものもほとんど与えられず、


生活環境も最悪な中、


自分の心の中の持ち様で相当ひどい状況をクリアできたその様子を読み、


自分が同じ状況で生き延びることができるかどうかは自信がありません。



◆そのようなことを思い起こしていると、


インドでマザーテレサが死にゆく人に差し伸べた手は、


この世を去る多くの人たちを救ったのではないかと改めて思います。



なぜなら、マザーテレサが見送った人の多くは、


愛する人もいない、また自分を愛してくれる人もいない人であり、


最後の希望さえも持つことができなかった人たちであったというからです。



◆マザーテレサが人を包んでいた現場の様子を思い浮かべながら、


自分たちが今置かれている恵まれている状況にも


目を向けていいのではないかと思います。



     ダニエル・ネトル  著


       →  幸福の意外な正体  なぜ私たちは「幸せ」を求めるのか




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20:17:02 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
【気づき3058】〔今を生きる〕
2020 / 07 / 01 ( Wed )






◆できうるならば、今の思いを目の前のことに向けて、


最高の集中力で自分のできる最高のパフォーマンスを


果たしたいと思います。



しかし、気になることに心を奪われていると、


いまやるべきことに100%の力を注ぐことはできません。



結果的に、全神経を目の前のやるべきことに


向けきることはできないということになります。



◆そう考えると、


「今を生きる」ということはたやすくできることではありません。



かなり時間をかけて訓練をしないと、


到達することがむずかしいレベルのことであることがわかります。



◆そこで、解決すべきことは、


「一体、何が気になっているのか」


「どういうことが心に引っかかっていて、

今向き合うべきことに集中できないのか」


をはっきりと自覚し、その課題を解決することです。



解決できないまでも、


課題を確認することにより次のステップに進むことができます。



◆冷静になって普段の自分の心の様子を観察すると、


わかることもあります。



そういう思いで自分を振り返ると、


自分の集中力を削いでいる一因は、


プライドを守ろうとすることによって


引き起こされているのではないかと思います。



「明日の会議で、論点をきちんと整理して提示しなければならない」


「提示する論点が抜け落ちていることがあったら、

視野が狭いと思われる」



◆配慮や思慮が足らなければそこを指摘される、


あるいは非難されることもあるでしょうが、


そんなことを恐れることよりも、


組織全体にとって必要な視点を見落とさないことに注力することが


組織にとっては有用なことです。



つまり、気になる原因は、


組織の損得よりも、


自分のプライドが優先されているからではないでしょうか。



◆自分を守ることを超越するところに、


本来のその人の存在意義があり、


当人にとっても心が休まる、


気持ちの置き所があるという捉え方もできます。



この考え方、あなたの感覚とずれているでしょうか。



     ダニエル・ネトル  著


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