fc2ブログ
【気づき4570】〔自分史を書き子どもに渡した、その意味〕
2024 / 02 / 03 ( Sat )


◆私が52歳の時、78歳の父が次男の高校入学式に出席してくれました。



両親はそれまでも何回か、関西から来てくれていました。



その際、自分の思い描くのとは違う父の姿がありました。



いつの間にか腰は曲がり、歩く速度がかなり落ちていたのです。



◆時々であるとは言え、両親が我が家に来てくれていたので、


私や私の家族から出向くことがほとんどありませんでした。



そうこうしているうちに、


加齢に伴う両親の心身の衰えについての認識が狂ってしまいました。



高齢者施設に勤めていたのにそんなことを思い描くことができないのは


かなり能力的に劣っていた証拠だと今でも思います。



◆それを契機に、もっと両親のことを知らなければと思い、


時には私単独でも実家に戻り、親の様子をチェックしようと思いました。



と同時に、これまで、


両親のエピソードを細切れにしか聞いていなかったことに気づきました。



取材のように細々としたことを聞き続けることもできないとは思ったので、


親にもなった自分の関心のあるテーマについて、


帰省する度に聞き重ねることにしました。



◆そんな思いでいたら、自分も子供3人の親であることに思いが至りました。



そして、


「子供たちは、私のように親のことを知りたいと思わないかもしれない。

でも、私の意識がなくなったら、知りたいと思うことの答えは一切得られない。

必要であれば読めばいいように自分の心の歴史を書いておこう」


と決めました。



◆そんなさ中、父親が82歳で急逝しました。



いろんなことを聞きそびれたままの別れでしたが、


亡くなるまでに少しずつでも話を聞いていたことが自分の慰めになりました。



そのような経緯もあり、


「定年までに自分の歴史を文字に残し、

それを機に子供たち一人ひとりにUSBで渡そう」


とさらに決意し、実行しました。



◆実際に、子どもたちがそれを読んだかどうかは確認していません。



また、彼らからの反応もありません。



自己満足かもしれませんが、一番身近な大人で、


それゆえ、一番身近な人生の先輩となる人が、


どのように考え、思い、行動したかを知ることが


子どもたちの何らかのプラスになってほしいと願っています。



     岩淵 悦太郎 著



   → 悪文




「 人気blogランキング 」に協力いただける方は、こちらのクリックをお願いします。


「 にほんブログ村 」に協力いただける方は、こちらのクリックをお願いします。  


-------------------------------
このブログでは、
毎日を「いきいき、生きる」ためのヒントを考え続けます。
------------------------------
スポンサーサイト



テーマ:自己啓発 - ジャンル:ビジネス

06:03:58 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
| ホーム |