fc2ブログ
【気づき4578】〔人のつらい思いを共有できるものか〕
2024 / 02 / 11 ( Sun )


◆医療機関や高齢者施設に勤務していた時、


「人のつらい気持ちをどこまで共有できるものか」


ということについて時々考えることがありました。



◆しかし、しっかり共有することはむずかしいことは想像がついたので、


相手の気持ちに寄り添うことが、自分のできる精一杯だとも思っていました。



それは、私が父親を急に亡くした際に正解であるとわかりました。



◆2017年3月11日の朝刊に、震災で家族を失った住職の方の記事が掲載されました。



その住職のお言葉が自分の問いに対する、


インパクトがあり、また明確な答えとなりました。



◆「『悲しみは時とともに薄らいでいく』と思い、葬儀の場で遺族にそう語りかけたこともあった」



しかし、


「悲しみは何年たっても突然ぶり返してくるものだと知った」


「自らも大切な人を失い、間違いだったとの思いが身にしみた」



そして、そのご自身の経験以後は、


「『うれしい時も悲しい時も、亡くなった人はそばにいてくれるから、

我慢しないで楽しみ、悲しめばいい』と自らに言い聞かせるようになった」


と語っておられました。



◆また、


「生身の体はなくても、思い出すことでよみがえる。悲しみを抱きしめていきていきましょう」とも。



遺族の一人として整理のつかない気持ちはよくわかるから、


このように伝えるつもりであることについても語っていらっしゃいました。



◆「人のつらい気持ちを理解することはできるか」



厳密に言うとできないのかもしれません。



しかし、そうであるからこそ、


話を聴く姿勢、相手を理解しようとする気持ちを持ち続けることが大切であると


あらためて思います。



     岩淵 悦太郎 著



   → 悪文




「 人気blogランキング 」に協力いただける方は、こちらのクリックをお願いします。


「 にほんブログ村 」に協力いただける方は、こちらのクリックをお願いします。  


-------------------------------
このブログでは、
毎日を「いきいき、生きる」ためのヒントを考え続けます。
------------------------------
スポンサーサイト



テーマ:自己啓発 - ジャンル:ビジネス

06:03:58 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |