【気づき519】〔不用意な接続詞はチャンスを逃す〕
2013 / 07 / 19 ( Fri )




◆接続詞は必要か、についての池上彰氏の例です。



 小学生レベル:「朝起きたら、天気がよかったです。ねむかったけれども、

         がまんしてふとんから出ました。

         そして、手と顔を洗いました。

         そして、きがえをしました。」


 中学生レベル:「目を覚ますと、今朝も快晴。眠い目をこすりながら、

         なんとか布団から出ました。

          まずは手と顔を洗い、着替えをすれば、

         眠気もすっかり吹き飛びます。」



◆これを見たら、いかに不用意に接続詞を使っているかがわかります。



自らを振り返ってみても、たしかに脈絡を考えずに


間に合わせで接続詞を使っていることがあることに気づきます。



◆芸術作品は、それなりの思いがあり、


制作するエネルギーを傾けて初めて完成するものです。



自らの責任を持つという意味では、


自分の言動も1つの作品と考えてもいいはずです。



その作品であるべき言動を、


あまり深く考えもせずにいい加減にやり過ごすことは、


いい加減な人生を積み重ねていることにつながります。



◆大袈裟なのかもしれませんが、


後悔のない一生を過ごしたいと思うのなら、


不用意に接続詞を使わないことです。



その場限りの表現をしないように注意することが大事ではないかと感じます。



思いや考えを伝えることに注意を払うことにより、


自分はどういう人であるかをそこで感じてもらえたり、


運が良ければ自分を理解してくれる人に出合えるかもしれないのです。




      伝える力

          池上 彰 著




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