【気づき589】〔死ぬまで善人であり続ける覚悟はありますか〕
2013 / 09 / 27 ( Fri )




◆人間をとらえる見方に、性善説、性悪説という切り口があります。



性善説を取る人からすると、相手を信用することから信頼関係が始まると考えるのでしょう。



しかし、世の中には人をだます,利用することを常に考えている人も多くいるものです。



そういうことも気にせず、


「人を信用する」「人を信用しない」


の2つのうちの1つを選ぶことができたら楽かもしれませんが、


実際はそのように割り切れません。



そのような割り切り方は、逆に雑な考え方であるとも思うのです。



◆すべての人を信用しているからなのでしょうか、NOと言うことができない人がいます。



NOということで、


以後付き合ってもらえなくなるかもしれないという不安につながるからでしょうか。



また、気が弱くて、相手に気おされて断れないのでしょうか。



どうであれ、そういう対応をした後に


自分の気持ちがすっきりしていているのなら問題はないとも思います。



◆世の中には人の気持ちをうまく読み取り、


自分の立ち位置をうまくキープできる人がいます。



それは特殊な能力であり、


そのやり方を説明してもらったところでみんなが身につけられるものではありません。



そういう力を、


相手がどうなろうと気にしないで


自分の利益のためだけに使っている人がいたらどうなるでしょうか。



◆言うべきことを言わない人、言えない人、もしくは依頼を断れない人が、


犯罪者にされてしまう可能性もあるのです。



そういう陥れられ方をしても、


人を信用し続けられるのであればそれはもしかしたら気高いことです。



しかし、あとで失敗したと思うくらいなら、


取り返しがつかなくなる前に早めに自分の対応を変える訓練をすべきです。



◆そういう切り換えをしないままある程度の年齢を迎え、


その時にお金も信用も親族もないとしたらそれはかなり切ない状況です。




      頭がいい人、悪い人の話し方

        樋口 裕一 著



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