【気づき660】〔日本が世界に誇れる、意識の質〕
2013 / 12 / 07 ( Sat )




◆松尾芭蕉の奥の細道を中学で学んだときに、


笠に「同行二人」と書いてあったということを先生が教えてくれました。



授業を受けて40年近く経つのになぜかそのことが頭に鮮明に残っています。



◆芭蕉の生きていた時代に旅を続けることは、


治安や食糧調達、それからもともとの栄養状態などから判断して


かなり過酷なものであったということをそのとき聞いたからでしょう。



「同行二人」と書くことが命をかける覚悟をしたためたように感じたのです。



◆「二人」とは、弘法大師がいつも一緒にいてくださるという意味だそうです。



これは旅するときに使う用語らしいですが、


普段の生活すること全てを修業と見た場合に、


いつも弘法大師が見てくださっているという意味で


「把手共行」という語も禅では使うようです。



◆いつも弘法大師が見てくださっているということは、


弘法大師が良しとしないことは自ら戒めてやらないということです。



こういう気持ちは何も禅の修行をしている人だけでなく、


日本人の心根にある基本的な感性として教育されてもいいのではないかと思います。



◆その教育がかなったら、


「人が見ていなければ何をしてもいいや」


という気持ちを抑える人間が育成されると思います。



もしそうなれば、


たとえば歩きながら食べたお菓子の包み紙を道路に投げ捨てることからゴミの不法投棄まで、


自然に減少するのではないでしょうか。



◆大袈裟ではありますが、


このエピソードは日本人が世界に向けて発信できるメッセージとしてかなりインパクトがあり、


しかも世界中の意識の潮流を変えることができるほどの魅力があると思うのですが、


これはざれ言でしょうか。



      禅が教えてくれる美しい人をつくる「所作」の基本

        枡野 俊明 著



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