【気づき821】〔四十になったら自分の顔に責任を持つ〕
2014 / 05 / 17 ( Sat )







◆「四十になったら自分の顔に責任を持つ」という言葉を若い頃に聞いたとき、


いまひとつピンときませんでした。



しかし、50歳を超えたいま、その意味合いがよくわかります。



◆自分のふだんの顔は自分では見られないので、


自身のことは周りの方の判断にまかせるとします。



それを省みず申し上げると、まわりにいる40歳代、50歳代の人が


一様にそれなりの風格を持ち合わせているかどうかというと答えは「ノー」です。



◆「人間というものは、たとえいかなる地位、境遇にあろうとも、


四十五十になってその人となりに人間ができてくると、


必ずそのおるところ、おる範囲において、人の目につくものである。


評判になるものである。」

『論語の活学』  安岡 正篤 著)



◆ある年齢に達してもやることが定まっていなかったり、


まわりに受け入れられないと切ないものです。



そうならないように、自分に妥協せず、


また自らを客観的にとらえる努力を惜しんではなりません。



      安岡正篤人間学

         神渡 良平 著



      
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