【気づき980】〔自分が思う自分でいるための表現とは〕
2014 / 10 / 23 ( Thu )






◆裁判で争うとは、


双方の考えが法というルールから見て正しいのかどうかを判定する作業です。



普段の行動や発言、とくに発言が結果に大きく影響します。



◆普段の生活では物事の白黒をはっきりさせるというような意味あいは薄いので、


時々の発言は気軽になされるのが通常で当たり前のことです。



そこで、なんとなく軽く、曖昧にすましているのが現状です。



◆しかし、曖昧な返答や中途半端な返事が


実は自分のためにはならないことを知っておくことが賢明です。



◆言うべきことをきちんと言わないと、


意に沿わないことをおしつけられたり、


不当な評価が定着することがあります。



また、相手を気遣ってNOを言わないようなことを繰り返していると、


相手は気遣ってもらっていると思わないだけではなく、


「はっきりしない奴だ」と思われることもあります。



◆曖昧に表現するということは、


伝える側がぼやけた状態のままであり、


判断を相手にゆだねているともいえる状態です。



自分を不当に低めないためにも、


また自分の判断通りの人との距離感を維持するためにも、


適切な言葉で簡潔に伝えることを常に心がけることが必要です。



      朝10時までに仕事は片づける

         高井 伸夫 著



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