【気づき1033】〔馬鹿になって窮地を救えるか〕
2014 / 12 / 15 ( Mon )






◆子どものときならいざ知らず、


大人同士になっても相手のことをたぶらかそうとする人はいるものです。



そういう人を前にするとその非をまっこうから攻め立てる人もあることでしょう。



それはそれで一つのあり方です。



◆しかし、そういうあり方がベストかどうかは別物です。



黙っていられないという気持ちはよくわかりますが、


話がスムーズに進まないと支障があるときにこういうあり方をすると


道をふさいでしまうことになります。



◆論語に、


「渠(かれ)の欺侮(ぎぶ)詭譎(ききつ)一切を蔑視する、吾之を知るが若(ごと)く、

之を知らざるが若く、恍として幾分の痴気を有するも亦善処の道なり」


という一節があります。



◆「彼らがわれわれをたぶらかし、

詭譎(あざむき、いつわり)をほしいままにして蔑視する態度に対しても、

これを知るがごとく知らざるがごとく、馬鹿になったふりをして応対するのも一つの方法である」


という意味です。



◆無用な時間をかけないということより、


いったん軋轢ができたら時間をかけてもどうにも修復できない関係になることも


考えに入れなければなりません。



いったん関係が崩れてしまったあとに、


それを改善しなければならないとしたら、


どれだけの時間とエネルギーが必要になることでしょう。



◆気づかない体でやり過ごす、馬鹿を演じきるということができるのは、


思慮があり忍耐力もある非常に立派なあり方です。



        論語の活学 人間学講話

         安岡 正篤 著




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