【気づき1086】〔社会のことを云々言う前に、己がまともな人間になれ〕
2015 / 02 / 06 ( Fri )






◆若い頃に意欲を燃やし、自分の欲望をみたすだけでなく、


社会の安寧を保ち、世界平和に貢献するという志をもつ人もいることでしょう。



しかし、それだけ大きな目標を掲げそれを実現するためには、


それなりの知識、そして人となりが必要になるのは当然のことです。



◆人付き合いを考えた場合、


幼児には幼児なりの、大人には大人なりの社会があり、


そしてそのなかにルールがあります。



そのルールを最低限守らないことには、


個人では達成しにくいより大きな目標を成し遂げることはできません。



◆渋沢栄一氏は、著書「論語と算盤」のなかで言っています。



「社会のために努力すると称する者が社会の厄介になっているような人が往々にしてある。」



世界の安定を願う人間が、自分のことしか考えない、


常識的でなく人から非難されるというレベルでは意味がないのですが、


この考えは彼が受けた教育によるところが大きいようです。



◆栄一の実家は富農であり、商売をしていた父がかなり厳しい教育を施したようです。



彼が生まれた江戸末期の子どもの教育への考えが、


「三つ心、六つ躾、九つ言葉、十二文、十五理で末決まる」


という諺になっていたことが実践されたのでしょう。



◆9歳までにはどんな人にも失礼なく大人の会話として世辞を交えた挨拶ができ、


12歳には商人として必要な書類を書けるように鍛錬したそうです。



もちろん、大人とやりとりをするなかで、


社会規範については当然のことながら厳しく教育を受けたと思われます。



◆社会に貢献しようとする人がいることはすばらしいです。



しかし、そういう人を育てる社会の仕組みがいま確立しているのかが怪しいです。



年齢が低いうちに、知的,情緒的双方の鍛錬がなされるべきではないかと思います。



ゆとり教育といったようにゆとりを教育に取り入れるのならば、


これまでの意味とは違う意味で考慮すべきです。



このような考えが受け入れられないとすれば、日本の将来はないように思います。



        坂の上の坂

         藤原 和博 著




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