【気づき1193】〔『自分を曲げない』が罪になるとき〕
2015 / 05 / 24 ( Sun )






◆人はそれぞれ、「自分が正しい」と思って生きているものです。



しかし、人の目から見た評価と自分の評価が一致するとはいえないのも事実です。



自分は立派な生き方をしているつもりでも、


周りから見たら独りよがりな、受け入れがたい生き方であることも実際にはあるのです。



◆自分の評価と周りの評価がかけ離れている人の理由はいくつか考えられます。



そのなかで、本人の思いが一途であり信念がある場合、


違う言い方をすれば、人の意見を聞き入れずにかたくなな姿勢である場合があります。



自分の生き方として思いを貫くことは自由ですが、


こういうケースはまわりの人がかなりの迷惑をこうむることになります。



◆個人が集団のなかでかたくなな思いを通し、


それが集団にとってマイナスの力を及ぼしている場合、


原因になっている人自身が自らの在り方を修正することはあまりありません



かたくななのですから、当人が変わるはずはないのです。



◆このような状態が長く続くと、あとで修正するのにかなりの時間と労力を要します。



即座に対応を複数の人で協議し、動きださなければなりません。



その努力が継続されたのちに、課題となる人の評価が正当になされ、


集団の中での立ち位置に変化が生じたとき、


その変化は集団が正常化されたというひとつの証しとなります。



◆人と人の関係は目に見えないことですが、


そこをキャッチしてどういう状況かを把握する力は、


人間に備わった高度な能力の1つと言えます。



そういう力を持つ人は、集団となって行動する人間にとって必要な人材です。



とくに、変化が激しく、情報が氾濫し、複雑になった今の時代には、


そういう人の能力を活かしていくことが生身の人間を守るうえで必要であると感じます。



             人物を創る 

               安岡 正篤 著



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