【気づき1360】〔家族が死ぬということ〕
2015 / 11 / 07 ( Sat )






◆家事や交通事故で家族を失うというニュースを目にします。



そのたびに「もし自分にもしそういうことが起こったら


耐えられるだろうか」と思います。



「妻と子供3人、もしこの存在が急にこの世から消え去ったとしたら、


自分は立っていられるだろうか。」



◆そこで我に立ち返ります。



「自分はなぜ生きているのか」


「自分は家族のために生きているのか」


「家族のためにも生きているが、俺は俺として生きている部分もあるのではないか」



◆そういうことを考えたときに、


「家族が死んでつらいとしても全てが消滅したわけではない。

自分が自分としてこの世にいるための自分の意味を自分でみつけていたら、

いつかはそこに立ち返ることができる」


とかすかに思うところもあります。



逆に、もしその意味をみつけていないと


家族が死んだら自分はこの世に居られなくなるとも思います。



◆家族との凄惨な別れを私は経験していません。



しかし、家族が死んでも自分はこの世で何をするか、


家族の死という苦しみを乗り越えるだけの課題が自分にあるかどうかで


苦しみの大きさは違ってくると感じています。



◆その苦しみを小さくすることが目的ではありませんが、


「自分はこの世に生まれて何をするか」という課題を確認することが


生きるための軸になるのではないかとも感じています。




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