【気づき1432】〔自分も活かされ、社会にも貢献できるあり方をさがす〕
2016 / 01 / 18 ( Mon )





◆責任を持つということの具体的な例のひとつは、


「気になることを途中で放置するか、最後まで確認するか」ということです。



最後まで突き詰めると、


決断や決定をしなければならないことが起こったり、


かなり時間がかかることもあり得ます。



◆その際には、自分の判断でしていいのかどうかという事態も起こります。



そういう意味では、最後まで確認するのは役職者の仕事という見解も成り立ちます。



しかし、大概はそこまで考えるにいたらないまま、


途中で仕事を切り上げる人が多いのが現実です。



◆責任を負うことが仕事の上で求められる立場になると、


覚悟ができるという意味ですっきりするところはありますが、


実際にいろんなところで時間を思うように使えなくなるのが実情です。



責任を請け負うつもりがない人は、


困ったことが起こるとその解決策を自分で考えることもなく、


それをどんどん上司に投げてくるものだからです。



◆上司という立場の人は、


そういうことを仕事の中で経験し続けることにより、


腹が据わって一つ一つのことに腰をすえて向き合えるようになったり、


時間配分,エネルギー配分ができるようになるものです。



これもひとつの取り得となるものでしょう。



◆ここでさらに突っ込んで考えてみると、


そのように人を受け止めるような立場にいることをやめると、


もっと自由に時間を活用することができるということも考えられます。



部下から鍛えてもらっただけでなく、


その結果到達した心境で自分の立場を変えてみると


また違った充実度を味わえるように思います。



それなりのことを背負ってきた人ならではの到達点ではないかと思います。



◆そういう形で自分がいることができる場所を探して自分の力を発揮するのも、


自分なりの人生を過ごしながらできる社会貢献かもしれないと考える今日この頃です。



        アーノルド・ベネット 著

           → 自分の時間



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