【気づき1749】〔『いつも神様が見ている』という気持ちで過ごしていますか〕
2016 / 11 / 30 ( Wed )





◆従事している仕事の関係や趣味をきっかけに、


出かけた先で共通の知人を持つ人と偶然出会うことがあります。



ただ共通の知り合いということのみしか話題がないこともありますが、


友人が私のエピソードを話してくれている場合、


その方との親密度がいっきに高まります。



初めて会ったとは思えないほど盛り上がります。



◆そういう出会いを経験すると「ラッキーだな」と思います。



しかし、よく考えますと、


もし共通の知り合いがわたしのことを憎んでいたら、


それこそ相手の方は楽しい思いはしないわけです。



結果的にわたしも辛い目にあうのです。



◆人というものはどこでどうつながっているかはわかりません。



よいあり方をしていたら、


想像もつかないうれしいつながりができるかもしれません。



ひどいあり方をしていたら、


思いもつかないところでひどい目にあうかもしれません。



◆同じように、人が見ているところだけできちんとしていると、


自分の気づかないところで真の姿を見透かされて、


マイナスをこうむるかもしれません。



できるなら、損得だけを考えるのではなく、


「どこから見られているかわかならない」ということを気にしないですむあり方、


つまりは表面を取り繕うのではなく、


修行と思う気持ちで常にいることが必要なのではないかと思います。



◆大げさな言い方をすれば、


「いつも神様に見られている」という思いでいたほうがよいように思います。



大変なことかもしれませんが、


毎日修行しているというような気持ちで過ごす人が増えれば増えるほど、


この世の中は明るくなるのではないでしょうか。



       安岡 正篤  著

           → 青年の大成



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