【気づき1790】〔聖賢の書が私たちに与えてくれるもの〕
2017 / 01 / 10 ( Tue )





◆「聖賢の書に触れることはためになる」と聞くと、


感覚的には「確かにそうだ」と思うものです。



たとえ、自分が聖賢の書を手に取ってみることさえなくてもそうなのです。



しかも、どういう本が聖賢の書なのかさえわかっていなくてもそう感じるのです。



◆聖賢の書に触れることがなぜためになると思うのでしょうか。



自分が考えあぐねていることに対するヒントや答えをもらえると思うのでしょうか。



それとも、先人も自分と同じ課題を抱えていることを知り、


そのこと自体に安心感を覚えたりするのでしょうか。



◆年齢に関係なく、聖賢の書と呼ばれるものに触れると、


様々な考え方や感じ方を知ることになります。



そして、その際に新たな思いが自分のなかにあることを確認できることもあるのです。



そして、「こういうに人間になろう」という目標ができたりもするのです。



◆それ以上に、聖賢の言葉で幸せな気持ちになることもあることは特筆に値します。



静かでゆったりとした時間に先人の思想に触れ、


人として幸福な時間を得ることができるのです。



なにか清めてもらっているように感じるときさえあります。



◆このような時間を積み重ねることにより、


知らずに人は支えられ、しかも磨かれていくのだと思います。



       川口 雅昭 著

           → 吉田松陰修養訓



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