【気づき1830】〔荀子が教える、学問をする意味〕
2017 / 02 / 19 ( Sun )





◆「荀子に曰く、夫れ学は通の為に非ざるなり。

窮して困(くる)しまず、憂えて意(こころ)衰えざるが為なり。

禍福終始を知って惑わざるが為なり」



◆「通」とは、出世する、成功するということです。



学校を出なければ就職が出来きませんし、


就職が出来なければ飯が食えないということになるので、


仕方なく多くの人が勉強をしているということが現状です。



しかし、学問は本来そういうものではないことを荀子は説いています。



◆「どんなに窮しても苦しまない。どんな心配事があってもへこたれない、

何が禍でいでなにが幸いで、どうすれば終わり、どう終わればどう始まるか」


を学ぶということが学問なのです。



◆儒教とは孔子にはじまり、


孔子の系統を大きく分けると荀子、孟子と続きます。



性悪説を唱える荀子はいうなれば現実主義であり、


性善説を主張する孟子は理想主義です。



理想主義はよほど本人がしっかりしないと空想になってしまいます。



どちらかというと現実主義のほうが間違いがないようですが、


間違うと頑固になりますし、進歩もなくなります。



◆そこで、理想と現実との間に分裂,遊離がないというのが、


一番いい形であることがわかります。



この、現実と理想に偏らず、統一されてあぶなげないものを「中」というようです。



本当の「中」は、矛盾撞着しているものを解決して高いところへ進めるということです。



◆このような進歩の仕方があることは、


学び続けていないと出会うことはできませんし、


出会えたらこれ以上の喜びはないのです。



       安岡 正篤 著

           → 知命と立命新装版



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