【気づき1851】〔プライドを越えて、成長するあり方〕
2017 / 03 / 12 ( Sun )





◆学生の頃に多くの人が経験することですが、


親からいろいろと注意された時の常套句はなんでしたでしょうか?



「なんだよ、うるせいな」



そう言いながらも、


言われたことについては認めざるを得ないのですが、


認めていると思われたくないばかりに、


さきほどのような言葉づかいになるしかないのでした。



◆さすがにこの反応は、社会人になっては鳴りをひそめることになります。



結果的に、


言われた事を認めるとか認めないとかは別に、


表面的には受け入れたような対応をすることが多くなるのです。



◆ここで、確認です。



言われたことを受け入れたように取り繕うだけが得策なのでしょうか。



嫌味であろうといじめであろうと、


言われたことに対して「ひょっとしたらそうかもしれない」と思って受け入れることで


自分にとってプラスになることはないでしょうか。



◆指摘されたことに対して表面的にどのように対応しようと、


心の内で最初から拒否的な姿勢であるとしたら、


相手の言っていることの真意をくむことはその時点でなくなります。



もし、嫌味な事であっても、


それが自分にあてはまるかどうかを確認しようと思う段階を経ることで、


自分にとってプラスにできるチャンスを得ていることにはならないでしょうか。



◆最初から相手の言うことを受け入れない立場か、


もし嫌がらせであるとしても相手は何を言おうとしているのか、


自分はどうしたらいいのかといったん受け入れる立場とでは、


どちらが成長できるでしょうか。



◆相手がどんなに理不尽であり、


それをこちらが聞く姿勢があるということを相手に知られたくなくても、


そこでいったん立ち止まり、考える姿勢を取ることは、


逆に肝がすわっていないとできないことです。



そういうスタンスを取ることができたら、


相手が言っていることとは違う次元で


自分が気づくべきことにぶち当たることができることがあります。



◆どうせなら、


どんなことでも自分の肥やしにしてしまうような


強さをもつほうが俄然優位に立てるのではないでしょうか



        横田 南嶺 著 

            →  禅の名僧に学ぶ生き方の知恵



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