【気づき1872】〔幸せは掴み取るものか、やってくるものか〕
2017 / 04 / 02 ( Sun )





◆「幸せは歩いてこない。だから歩いてゆくんだね。

一日一歩、三日で三歩。三歩進んで、二歩進む。」



数年前、幼稚園に通っていた息子が「365歩のマーチ」を覚えて、


声を張り上げてよく歌っていました。



◆久しぶりにこの歌を聞いた大人になったわたしは、


「よくできた歌詞だな」とあらためてそう思いました。



ということは、わたしは、


「幸せは掴み取るものであり、待っていてかなうものではない」


と考えているということが確認できます。



◆感覚の世界の話ですが、


「いくら満たされても、満足できない」という人が実際にいるようです。



これは、環境の違いにより要求水準が人により違っているからだと考えられます。



極端な話ですが、その要求水準を低く設定すれば、


少し満たされただけでも幸せを感じられるということになります。



◆ただし、やみくもに自分の水準を低めに設定しても、


あとになって切なさを感じることになります。



そこで、まずは自分の幸せに対する通常の要求水準を知ることが、


自分にとっての幸せはどんなものかを知ることにつながります。



◆その確認をしていないばかりに、


すでに幸せな気持ちで生きていける状態にあるのに


幸せを感じられずにいるという悲劇的なことも起こり得るのです。



「自分が幸せであることを自分に言い聞かせる」ということは不自然かもしれません。



しかし、自分に言い聞かせてようやく自分自身も納得するということもあり得るのです。



◆このような行動は、


満足感を得て生きていけるためのプロセスとして必要なステップです。



言ってみれば、


幸せをつかむための一つの能動的な行動だと認識していいのだと思います。



        横田 南嶺 著 

            →  禅の名僧に学ぶ生き方の知恵



「 人気blogランキング 」に協力いただける方は、こちらのクリックをお願いします。



「 にほんブログ村 」に協力いただける方は、こちらのクリックをお願いします。  


-------------------------------
このブログでは、
毎日を「いきいき、生きる」ためのヒントを考え続けていきます。
-------------------------------


関連記事
スポンサーサイト

テーマ:自己啓発 - ジャンル:ビジネス

06:34:37 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<【気づき1873】〔幸せになるために、幸せについて考える〕 | ホーム | 【気づき1871】〔なりたい自分になる〕>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://normalsense.blog84.fc2.com/tb.php/3607-2d53c302
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |