【気づき1945】〔親の老いを契機として、死を考える〕
2017 / 06 / 14 ( Wed )





◆親が健在であることはうれしいことです。



しかし、会うたびに老いていく姿をみることは実際つらいことです。



息子として親が近いうちに死を迎えるかもしれないことを感じ、


身構えたり、準備している自分がいます。



親が死に向かっていくことに付き合うことはつらいことです。



◆しかし、まだ死を予感させない人が突然に死を迎えたほうがよりきついと思います。



悲嘆の度合いはかなり高いものとなり、


怒り、否認、後悔、自責の念などにさいなまれ、


立ち直るために時間を要することになると思います。



◆突然の別れは本当につらいことだと思います。



身近な人であればあるほどきついことです。



そういうことを考え合わせると、


ある程度の年齢に達した親と向き合うということは、


死を念頭において本当に命の火が消えたときに


自分が立っていられるために必要なプロセスかもしれないと感じます。



◆死について真剣に考えるきっかけはそれぞれあるのでしょう。



自分より若い年齢での死をきっかけにそれを考えなくてはいけないこともあります。



それに比べると、


親の老いの中で死というものを考えられるのはまだラッキーなことだと思います。



親から身を通して、生きるということを教えてもらっていると思います。



◆親孝行にはいろんな形があるでしょう。



そのなかで、


親と率直に死について語れるうちに語れることも


お互いにとっていいように思うので、


そういうアプローチをしていきたいと思います。



         親孝行実行委員会 編 

            →   親が死ぬまでにしたい55のこと



「 人気blogランキング 」に協力いただける方は、こちらのクリックをお願いします。



「 にほんブログ村 」に協力いただける方は、こちらのクリックをお願いします。  


-------------------------------
このブログでは、
毎日を「いきいき、生きる」ためのヒントを考え続けていきます。
-------------------------------


関連記事
スポンサーサイト

テーマ:自己啓発 - ジャンル:ビジネス

08:24:34 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<【気づき1946】〔非難、陰口は人生に必要なし〕 | ホーム | 【気づき1944】〔高齢の親にどんな孝行ができるか〕>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://normalsense.blog84.fc2.com/tb.php/3680-d46d5dde
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |