【気づき1960】〔自分にとって『生きる』とは、どうすることなのか〕
2017 / 06 / 29 ( Thu )





◆「運命をきりひらくもの」という対話録の出版記念講演の記事を


雑誌致知5月号で読みました。



作家北方謙三氏と東大教授福島智氏のトークセッションです。



そのなかで、司会者が二人に対して、


「生き方の基本になさっているものはなんですか?」


という質問をしました。



◆その記事を見て、私は自分のことに思いが至りました。



「『なぜ、生きるのか』などというむずかしいことの答えを探していると言いながら、


まずは自分にとって生きるということはどういうことなのかをはっきりさせていなかった」


ということに気がついたのです。



◆司会者の問いに、


福島氏は、


「それは生きること。生きることが生き方の基本であり、

その応用であり、実践。それが生きることだと思う」、



北方氏は、


「私の場合は、おいしいものを食べることです」


と答えています。



◆はたして、自分は、生きるということはどういうものだと思っているのか。



命か生活か?



今の自分はありがたいことに、「生きるか死ぬか」を考えなくてもいい状態です。



そこで、自分にとって生きるとは、


イコール「毎日の生活」という意味合いが強いのが実状です。



◆つまり、


「なぜ生きるか」=「なぜ毎日の生活を続けているのか」


という説明がしっくりするのです。



毎日のんべんだらりと生活したい思いもあります。



実際に学生時代にそういう時期がありました。



そういうことを続けていたら飯は食えなくなるし充実感もないので、


いつしかやるべきことをきっちりやるというスタイルにシフトしました。



◆しかし、これだけでは、


まだなぜ生活するかの動機の部分には触れていないので不十分な状態です。



その動機とは何か?



◆この部分は、人によって違う次元の課題であるように思います。



「なぜ生きるのか」を支えるもの、


それは、


「生きようとするあなたを支えているものは何ですか」


という問いによって導かれるのかもしれないと感じます。



◆それは、信仰?生きがいになる人の存在?生活信条?



このレベルのことについては、皆が共有するような答えはなく、


それぞれの人がそれぞれのスタンスやタイミングで獲得するものなのかもしれません。



だからこそ、読書をするなどの情報収集をすることを常に忘れず実践し、


探し続けなくてはいけないものだと思います。



獲得するには苦労を要するかもしれませんが、


もしそれを手にしたらその人は人生をしっかりと生き、


しかも常に充実した毎日を送ることができるように感じます。



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