【気づき1971】〔挨拶の底力〕
2017 / 07 / 10 ( Mon )





◆最近、よく頭に浮かぶことがあります。



価値観の変化と言いますが、


「自分はどのような価値観を持っていて、それがどのように変わってきたのか」


また、


「周りの人はどのような価値観を持って生きているのか」


照らし合わせたことがないので、確認をしたことがないのです。



そこは知りたいところです。



◆そんなことを考えていたら、


価値観抜きに覚えてきたことがいくつかあることにも気づきます。



「人間とはこういうものだ」「人生とはこういうものだ」


ということを前提に伝えられたことです。



◆その中のひとつは、挨拶です。



理由はなく当然すべきこととして、幼いころより何度も聞かされました。



家だけではなく、学校に行っても、親戚の家に行っても、


同じように言われるのです。



それだけこの国のなかでは当たり前のこととして、


長い歴史の中でしっかり定着しています。



◆昨日、スポーツボランティアに参加して夜の10時頃まで市民競技場にいました。



帰り際に市の職員の方に挨拶をしました。



「おつかれさまでした。今日も一日ありがとうございました。」



すると、その方が挨拶を返してくださいました。



「おつかれさまでした。気をつけてお帰りください。」



◆何気ない、生活の一コマです。



しかし、皆がある意味常識として自然に行っている挨拶をきかっけに、


わたしは幸せな気持ちになりました。



「今日も一日、精一杯やった。すこし疲れたけれど、充実していた。さあ、帰ろう」


という時に、


「気をつけて帰りください」という言葉をかけてもらい、


ねぎらってくれる気持ちを自分に向けてくれたことが非常にうれしかったのです。



◆挨拶は、何気ないこと,当たり前のことなのかもしれません。



しかし、それはそれだけの価値があるからということに立ち返ることは大切です。



日常生活のなかであらためて意識してみたら、


何が大事かがはっきりしてきます。



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