【気づき1974】〔幸せでいられる条件の1つ-私淑する人との出会い〕
2017 / 07 / 13 ( Thu )





◆私淑という言葉があります。



「直接に教えは受けないが、

ひそかにその人を師と考えて尊敬し、

模範として学ぶこと」


という意味です。



歴史上の人物や小説家などで、


人生の早い時期にそういう人と出会えることは非常に運がいいことだと思います。



◆そのような対象を果たして


どれくらいの人が持っているのかは知る由もありませんが、


もし私淑するような人と出会いたかったら、


本を読むなどして出会いを求めていくしかありません。



安岡正篤氏は、


「若い時にそういう経験を持たなかった者は、


いつまでたっても日陰の草のようなもので、


本当の意味において自己を伸ばすということができない」

(『運命を開く』)


という文章を残していますが、


何も考えずに過ごしたのではなく苦しみ続けていたとしたら、


いずれそういう人と出会うことになり自己を伸ばすことにつながることでしょう。



◆わたしたちはみな若いうちは右も左もわからず、


苦しみ、耐え、そして強くなっていくものです。



しかし、もしそれを支えてくれる、


あるいはそれを見守ってくれるような人がいたとしたら非常に心強いものです。



◆しかも、つらいことは


若いうちにだけ起こるものではないということにも思いを致す必要があります。



人生の師の言葉というものは、


「いかなる悲運に際会しても、いかなる困難に出会っても、必ず偉大な救いの力となる」


のですから、


いくつになっても学び続けることが大切だと思います。



自然に学び続けることができるように自分を仕向けていくことこそが


自分が幸せでいつづけることができる条件なのかもしれません。



      北尾 吉孝  著

           → 実践版安岡正篤



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