【気づき1999】〔心のもち様も、各論だけでなく総論をおさえるべし〕
2017 / 08 / 07 ( Mon )





◆サッカーというスポーツはそうそう点数が入るスポーツではありません。



Jリーグの試合では、ぜいぜい入って3点くらいのものです。



それだけに、1点入るということは、


戦っている両チームにとってそれだけ大きな意味をもつことになります。



◆点をとった側にとっては「慢心しない」「守りにはいらない」ことが重要になります。



一方、点を取られた側にとっては、


「焦らない」「雑な攻め方をしない」という意味合いでの平常心が求められます。



チーム全体でその気持ちをどれだけ共有できるかが、


持続できるかが勝敗を分けるカギになります。



◆そういう意味で、


選手にも精神修養というものが必要であることは間違いのないことです。



今風の言い方をすれば、


「メンタルトレーニングが必要である」という言い方になるのでしょうか。



◆このサッカーの試合においての選手のメンタルの持ち方という課題は、


厳密に言うと、宗教における修行と相通じるものがあります。



もし、精神修養をめざすのであれば、宗派は関係なく、


「平常心を維持する」という各論だけでなく、


1つの宗派の総論的な考えを学ぶことが身になるのではないかとしみじみ思うのです。



◆たとえば、曹洞宗の開祖である道元の教えは、


「修業と悟りは1つのもので、丸い円のようにつながっている。

悟っても終わりではなく、修業と悟りの連関は果てることなく繰り返される」


というものです。



この考えをもとに「メンタルをどう維持するか」ということを考えてみますと、


メンタルトレーニングというものはある限られた時間内で完結することはなく、


生きている間中続くものであるという視点が必要であると思えてくるのです。



      北尾 吉孝  著

           → 実践版安岡正篤



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