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【気づき2387】〔何かに縛られて生きていませんか〕
2018 / 08 / 30 ( Thu )





◆私たちはふだん知らないうちに、


いろんなことに縛られて生きています。



ひとつの例として、


「自分が一番常識的」という思いにとらわれている人が多い、


ということにも現われているのではないでしょうか。



「自分が一番常識的」という思いは、


自分の思い、価値観を中心にすえていて、


そこから離れられていない証拠であるように思います。



◆少し飛躍しますが、


ナチスドイツが国民を情報操作で扇動したように、


現代日本に生きるわたしたちも情報を操作されていて、


知らないうちにある枠の中に縛られているのかもしれないと思うことがあります。



◆わたしたちは、本当に自由なのでしょうか。



自分の気持ちは解放されているのでしょうか。



毎日を忙しくしているうちに、


そんなことを感じられないまま過ごすように仕向けられているのではないでしょうか。



◆「目に見えないものに、かんじがらめにされることは御免です」



もし本気でそう思うのであったら、


少なくとも自分の決定できる生活習慣については、


自分を解放したいものです。



そこで一番に思い浮かぶのが「喫煙」です。



以前タバコを吸っていたときには、


休憩時間があと5分残されていると、


「タバコ、1本吸っておこう」と喫煙所に走ったものでした。



しかし、あるときから、そういう自分に窮屈さを感じ始めました。



タバコに支配されているように感じたからです。



◆また、今注目すべきはスマホです。



犬の散歩中に道端に立ち止まり、


スマホを一生懸命覗き込んでいる人をよく見かけます。



また、自宅からバス停までスマホを見ながら歩く人が近所に大勢います。



そういう人たちが数人縦になって歩いているのを見ると、


囚われの身である人が、


つながれて移動しているようにも見えて空恐ろしいです。



◆この光景は、自由を放棄した象徴のようにも見えてきます。



いかがお感じでしょうか。



      安岡 正篤 著  

         →  論語の活学新装版



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