【気づき1889】〔あなたは、『悔いのない毎日』を送っていますか〕
2017 / 04 / 19 ( Wed )





◆「悔いのない人生」などという言葉がありますが、


あなたはそんな人生を送ろうとしていますか。



また、悔いのない人生を送るということは悔いのない毎日を積み重ねていくわけですが、


悔いのない毎日とはどんな毎日なのかを考えたことはあるでしょうか。



◆何を悔やむのかが頭に浮かばないのであれば、


悔いのない毎日を送ることはできません。



自分にとって悔やむということはどういうことかが身に迫っていないということは、


悔いのない人生を送る段階には到達していないということです。



◆悔やむとは、自分の思うようにいかなかったことを残念に思うということです。



悔やむためには、自分のやりたいことをはっきりさせなくてはなりません。



ここで考えるべきことの一つは、時間の問題です。



時間というものは刻々と過ぎていきます。



あとで取り戻したいと思ってもそれは絶対にできないのです。



しかも、わたしたちはいずれ絶対に死を迎えます。



この動かしがたい事実に目を向け、


認識していくことが必要なのではないでしょうか。



◆自分が死ぬなんて考えたこともない人もいることでしょう。



しかし、たとえ健康で若かったとしても、


人は事故や災害で突然死を迎えることもあるのです。



それは自分だけでなく、身の回りの全ての人にあてはまるのです。



死について向き合い、死を考えることが


自分にとって悔いのない人生とはどんなものかを知るきかっけになると思います。



◆そのような思いの延長上に、


時間だけでなく人を慈しむ気持ちも芽生え、


感謝をする心につながるのではないかと思います。



そのような感じ方をするようになると、


一期一会というようなことを常に意識でき、


生きている一瞬一瞬も大切にできるようになると思います。



        横田 南嶺 著 

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【気づき1888】〔根拠のない非難は、何も生み出さない〕
2017 / 04 / 18 ( Tue )





◆職場で、タイミング悪く、対応すべき人が不在の時があります。



そういう時、結果的に先輩であろうが後輩であろうが、


近くにいる人が変わりに対応することになります。



◆こういうときに、


皆が「対応すべきと思っている人」がいないことに対するいらだちから、


当人を非難するような発言をすることがあります。



とくに、構成員のなかでも、


立場が弱いものがそういういう言われ方をすることが往々にしてあります。



◆しかし、悪い言われ方をしていていた当人が、


実は正当な理由で席を外していることが後でわかることもあります。



つまり、非難されていたことは濡れ衣であったということです。



◆事情は違いますが、「七度(たび)探して人を疑え」という格言があります。



「物がなくなった時に安易に他人を疑うのではなく、まずは十分に自分の身の回りを探せ」


という意味です。



もし、落ち度は自分にあったのに他人を疑ってしまったとしたら、


その時点で疑われた人と疑った人の信頼関係はなくなります。



その上に、疑った人は周りの人からの信頼も失ってしまうのです。



◆要は、


「根拠もないのに自分勝手に周りの人をおとしめるようなことは言うな」ということです。



おとしめられた人の気分を害するだけでなく、


根拠のない発言をした人の評価も下がるということです。



◆わざわざ、人の気分を害する可能性があり、


しかも自分の評価を落とすことを言う必要はどこにもありません。



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【気づき1887】〔『当たり前』、に感謝する〕
2017 / 04 / 17 ( Mon )





◆昨日は、朝から非常に天気が良く、


しかも春らしく過ごしやすい気候でとても快適な日を過ごすことができました。



しかも、久しぶりに家族で映画を見に行くことになり、


楽しい休日を過ごすことができました。



◆しかし、楽しく過ごすことができたとはいえ、


特別なことをしたわけではないのも事実です。



起きてから自分がしたことを挙げてみると非常にありきたりです。



目が覚める、カーテンをあける、朝食を摂る、


新聞を読む、映画を見に家族とでかける、自宅に戻る。



とりたてて言うほどのことではありません。



◆同じことを繰り返すと、自然なことですがそれが当たり前になります。



どれだけ恵まれていることでも、


それが常であると恵まれていることを感じなくなってしまうものです。



「特別じゃないけど、まあ楽しかった」


「これくらいのことはよくあるけれども、いい一日だった」



こんなことを感じたら、


恵まれていることを感じられなくなっている自分に気づいてみてはどうでしょうか。



◆わたしの今朝の過ごし方を、違った気持ちで記述してみます。



目が覚める(今日も一日活動できることに感謝)、


カーテンを開ける(今日も平和、平穏に一日が送れそうなことに感謝)、


朝食を摂る(食べるものがあることに感謝)、


新聞を読む(新聞を届けてもらっていることに感謝、支払うお金があることに感謝)、


映画を見に行く

(一緒に行動できる家族がいることに感謝、映画を見られる社会情勢であることに感謝)



◆こんな思い方は、しつこいでしょうか。わずらわしいでしょうか。



もしそう思うとしても、


本当は感謝しないではいられないほどのことが連続して成立しているからこそ、


いまの生活が成り立っていることは間違いのないことなのです。



        横田 南嶺 著 

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【気づき1886】〔飯を食っていけるあり方〕
2017 / 04 / 16 ( Sun )





◆集団のなかにおいては、自分にしかできないことがあったほうが重宝されます。



飯を食っていくためにも、


他の人ができないことをできるほうが有利であるということは間違いのないことです。



◆つまり、特殊な知識や技術を持っていることが、


集団のなかにおける存在意義を高めることにつながります。



しかし、それと同等に大切な要素があります。



それは、仕事に向かう姿勢というものです。



◆いろんなことが重なると体にも心にも負担が増えるのは自然なことです。



だから、負担を調節しないと


健康に明るく毎日を過ごすことの妨げになることがあります。



しかし、仕事においてはそのバランスを取ることは非常にむずかしいのが現状です。



だからこそ、効率を上げること、工夫することが常に求められます。



◆そういう状況のなかで、自分の負担のバランスを取るために、


「自分が負うべきことを、他の人に回す」という手法を使う人がいます。



矢面にたってすぐさま対応するだけですんなりと事は進むことが多いのですが、


負担を避ける人はそうしないで、関わっていることを途中で近くの人に回します。



そのため、振られた人がまた最初から対応することとなります。



お客様を相手にする場合、


こういう対応は心象を害することが多く、


必要以上にマイナスを背負うことになります。



◆責任を負う人は誰なのか、そうでない人は誰なのか。



非難をするためではなく、自分の負担を調節し、覚悟を決めるために必要です。



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【気づき1885】〔気心の知れた友人を得る方法〕
2017 / 04 / 15 ( Sat )





◆気心が知れた友人を得ることは、かけがいのないことです。



でも、そういう友人を得るためには、やはりきっかけが必要なのです。



しかも、きっかけがあり、相性が合い、


一緒にいる時間がある程度集中していないとうまくいきません。



◆タイミングがずれたばっかりに、


「もうすこし違う状況であったら、あいつとはもっと仲良くなれた」


というような存在に心当たりがないでしょうか。



人との関わりにはやはり縁というものが付きまとうことをひしひしと感じます。



◆もし、一緒に居たいと思う人と、


どこでどういう風に出会うことができるかという法則を押さえているとしたら、


今からでも無二の友人を何人かは見つけることができるのです。



その方法通りに行動すれば、


今後の人生をより豊かにすることができます。



◆要は、その人の心根が見えたらいいわけです。



それが見えて、自分がすてきだと思える人に出会えたら、


それはかえがいのない財産なのです。



では、人の心根を見ることができるのはどこか?



◆そのきかっけは、実はけっこう転がっているのです。



「趣味の講習で数回であるけれども定期的に会う」


「同業他社の人と、数人レベルで会う飲み会に参加する」


「自分の好きなジャンルのボランティア(スポーツボラ、地域のボラなど)に参加する」


「趣味の集まりに定期的に顔を出す」



◆人づきあいが深まる経過は、以下のようになるのではないでしょうか。



「知り合う機会の探しだし、選択」→「参加する」→「数回会う機会を得る」→

「名前は知らなくてもなじみになる人をつくる」→「その人との会話を重ね、その人間性を知る」→

「相性や印象を確認する」→「自分が付き合いたい人かどうかを感じる」→

「出会いのきっかけ以外での場でのつきあいをする」



◆動きだし、感じることで、すべては始まります。



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